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2018年8月22日 (水)

中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/「言葉なき恋歌」より・その2

 

 

ベルレーヌの「言葉なき恋歌」中の詩群「忘れられた小曲」第4番の次に

中原中也は第5番を訳します。

 

これも未完成・未発表詩です。

 

 

Ⅴ (たをやけき手の接唇くるそのピアノ)     ポール・ヴェルレーヌ

     ほがらかのクラヴサン

     その嬉しさよ、うるささよ。    ペトリュス・ボレル

 

たをやけき手の接唇(くちづ)くるそのピアノ

きらめけり薔薇と灰とのおぼろなる夕(ゆふべ)の裡に、

軽やかに羽搏く音かその音色

疲れて弱く媚やかに、

物怖ぢしたる如くにも、ためらひつつは去(あ)れもゆく、

移り香ながき部屋よりは。

 

ふとし遇ふこの揺籃(ゆりかご)のいかならん

たゆけくも今日をし生くるわれを慰む。

何をかわれに欲りすとや、戯唄(ざれうた)とてか。

何をかわれに欲りしけるとらへがたなき折返し、

絶えんとするにあらざるや、細目に開けし

窓よりは、木庭の方(かた)へ

 

(「新編中原中也全集」第3巻「翻訳」より。ルビは中原中也が振ったものだけを表記しました。編者。)

 

 

「媚やか」は「あでやか」

「欲りす」は「ほりす」

――と読む古語的表現ですが

詩人はルビ(フリガナ)を振っていません。

 

「去れもゆく」にルビを振ったのは

難度が高いと見た詩人の言語認識でしょう。

 

 

ベルレーヌがこの詩を発表した文芸誌の発行日が

1872年6月29日で

この日から1週間後には

ベルレーヌはランボーとともにベルギー、イギリスへの放浪の旅に出ました。

 

 

新妻マチルドの弾くピアノなのでしょうか。

 

クラブサンの歓喜の調べとともに

うるささを歌ったこの詩のエピグラフは

詩人ペトリュス・ボレルの詩句だそうです。

(「新編中原中也全集」第3巻「解題篇」。)

 

そうであるならこの詩は

マチルドの弾くピアノの妙なる調べを賛美しながらも

時には疎んじるほどうるさく感じていたベルレーヌが

それを隠そうとしなかったことを示します。

 

そうではあっても

心根のやさしいベルレーヌが

何をかわれに欲りすとや(私に何を求めるのか)

――と歌って迷いを表明しているのは

事態がまだ決定的な段階に至っていなかったからでしょうか。

 

マチルドの驚愕と憤怒と絶望を

想像することができても

ベルレーヌのほうには楽観的気分が漂います。

 

 

ランボーはベルレーヌの新しい恋人でした。

 

そのあたりの事情を

中原中也は把握していた様子です。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

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