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2018年8月24日 (金)

中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/「言葉なき恋歌」より・その4/同時代訳

 

 

「言葉なき恋歌」の第1詩群「忘れられた小曲」第5番の日本語訳については

「新編中原中也全集」が同時代訳としていくつかを挙げていますが

そのうちの

永井荷風訳と堀口大学訳と鈴木信太郎訳を

ここで読んでおきましょう。

 

まず永井荷風訳です。

 

 

ぴあの          ポオル・ヴェルレエン

 

しなやかなる手にふるるピアノ

おぼろに染まる薄薔薇色(うすばらいろ)の夕(ゆうべ)に輝く。

かすかなる翼(つばさ)のひびき力なくして快(こころよ)き

すたれし歌の一節(ひとふし)は

たゆたひつつも恐る恐る

美しき人の移香(うつりが)こめし化粧(けしょう)の間(ま)にさまよふ。

 

ああ我(われ)思ひをばゆるゆるゆする眠りの歌。

このやさしき唄の節(ふし)、何をか我(われ)に思へとや。

一節毎(ひとふしごと)に繰返す聞えぬ程のREFRAIN(ルフラン)は

何をかわれに求むるよ。

聞かんとすれば聞く間(ま)もなく

その歌声は木庭の方に消えて行く。

細目にあけし窓のすきより。

 

(新潮文庫「珊瑚集」永井荷風訳より。昭和28年発行、昭和43年9刷改版。)

 

 

「珊瑚集」は

大正2年(1923年)に籾山書店から発行されました。

 

 

忘れた小曲

 その五

         クラヴサンの音のほがらかに

         うれしくて うるさくて

                   ペトリュス・ボレル

 

白魚の細き指(おゆび)の口づくるピアノは光る

ばら色と灰色の夕のおくに、ほのかにも、

かかる時、羽ばたきのかそけき音の聞えきて

古き世のはかなき歌のなつかしく、

ためらいがちに、ひそひそと立ち去り迷う

よき人の移り香ながき室(へや)のうち。

 

忽ちに現れて、哀れなるこのわれを打ちめぐり、

やさしくもいつくしむこの歌の揺籃は、何やらん?

にこやかなその歌よ、何をかわれに求むるや?

細目にあけし小窓より、やがて庭へと消えゆかん

はかなき節の繰返(くりかえし)、

何をかわれに思えとや?

               Le piano que baise…

 

(新潮文庫「ヴェルレーヌ詩集」堀口大学訳より。昭和25年発行、昭和37年第19刷。)

 

 

堀口大学はこの翻訳を

昭和2年(1927年)に発行した「ヴェルレエヌ詩抄」(第一書房)に収録しました。

 

 

しなやかなる手の接吻くる ピアノ

          よく響く古洋琴(クラヴサン)の賑やかな五月蠅(うるさ)い音

                                  (ペトリュス・ボレル)

 

しなやかなる手の接吻(くちづ)くる ピアノ、

仄(ほの)かに暗き夕(ゆうべ)の桃色の中に 光れば、

羽搏(はばたき)の 幽(かそ)けく軽き響もて

いと古く いと弱く いと愛らしき 調(しらめ)は、

彼女(かのひと)の移香(うつりが)長く罩 めし閨(ねや)に

物怖(ものおぢ)か 忍び忍びに たち迷ふかな。

 

そも何ぞ、わが哀れなる身を ゆくりなく

ゆららに揺がす この揺籃(えうらん)は。

たはむれの長閑(のどか)の歌よ、このわれに何を求むる。

はた何を求めしぞ、定かならぬ美(い)しき歌の句、

繰り返し繰り返しては、いさら園生(そのふ)に

細く開ける窓の辺に 息も絶え絶え。

               Le piano que baise une main fréle

 

(岩波文庫「ヴェルレエヌ詩集」鈴木信太郎訳。1952年第1刷発行、1987年第31刷。ルビは一部を省略し、漢字を新漢字に改めました。編者。)

 

 

鈴木信太郎訳のこの詩は

大正13年(1924年)発行の

「近代仏蘭西象徴詩抄」(春陽堂)に収録されました。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

 

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