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2018年9月28日 (金)

中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/「序曲」の謎・その6

 

 

 

ヴェルレーヌ晩年の詩作は痴人の歌

――と堀口大学が前置きして挙げた詩集の中に

「女たち」とともに

「彼女を讃える頌歌」(鈴木信太郎訳は「女に献ぐる歌」)はあり

この中の1篇を堀口大学も訳しています。

 

前回見たように

鈴木信太郎もこの詩集「女に献ぐる歌」から

「珈琲の滓の占」を翻訳していますから

ここで堀口が訳した1篇「心しずかに」を読んでおきましょう。

 

 

心しずかに

 

  心しずかに話しかけると、心しずかに答えて下さる!

それが僕には無性に嬉しい。

 

  声をあらげて、小言を言ったりすると不思議にあなたも

声をあらげて小言をおっしゃる。

 

  もののはずみで、うっかり僕が、浮気でもしようものなら

さあ大変! あなたは市(まち)じゅう駆けまわりになる、浮気をしてやろうと。

 

  暫くの間、僕が忠実にしていると、

その間じゅう、あなたも貞淑にしていて下さる。

 

  僕が幸せだと、あなたは僕以上に幸せらしい、

すると今度は、あなたが幸せなのを見て、僕が一層幸せになる。

 

 僕が泣いたりすると、あなたもそばへ来て泣いて下さる。

僕が慕いよると、あなたもやさしく寄りそって下さる。

 

  僕がうっとりすると、あなたもうっとりなさる。

すると今度は、あなたがうっとりなさると知って僕が

  一層うっとりする。

 

ああ! 知りたいものだ。僕が死んだら、あなた

も死んで下さるだろうか?

 

彼女。――「あたしの方が余計に愛しているのですも

の、あたしが余計に死にますわ。」

 

  ……さてここで、この対話から目がさめた、

残念ながら、夢だった、夢でないならうますぎた。

                Quand je cause avec toi,

 

(新潮文庫「ヴェルレーヌ詩集」より。)

 

 

「あばずれ女の亭主が歌った」をうっかり思い出してしまいますが

それは空想。

 

空想は空想なりに面白いことですから

いまここではで展開しませんが

中也の創作詩のなかには

由来の不明なものが多くあり

ひょっとするとベルレーヌほかのフランス詩に

ヒントを得て作られたかもしれない作品が幾つかありますから

いずれ触れることがあるでしょう。

 

この詩「心しずかに」は

痴人の歌とは到底見なせない

立派なラブソングと言えるではありませんか。

 

娼婦のなかにある女性の優しさを

ベルレーヌは見極めていて

一筆描きの淡彩画のように歌い上げたのです。

 

堀口大学が訳出するほど

価値を認めたはずですから

これを痴人の歌と考えているわけではないのでしょうが

このような立派な歌を

最晩年のベルレーヌが作っていたことは

何がなんでも銘記しておかなければなりません。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

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