中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/「序曲」の謎・その6
ヴェルレーヌ晩年の詩作は痴人の歌
――と堀口大学が前置きして挙げた詩集の中に
「女たち」とともに
「彼女を讃える頌歌」(鈴木信太郎訳は「女に献ぐる歌」)はあり
この中の1篇を堀口大学も訳しています。
前回見たように
鈴木信太郎もこの詩集「女に献ぐる歌」から
「珈琲の滓の占」を翻訳していますから
ここで堀口が訳した1篇「心しずかに」を読んでおきましょう。
◇
心しずかに
心しずかに話しかけると、心しずかに答えて下さる!
それが僕には無性に嬉しい。
声をあらげて、小言を言ったりすると不思議にあなたも
声をあらげて小言をおっしゃる。
もののはずみで、うっかり僕が、浮気でもしようものなら
さあ大変! あなたは市(まち)じゅう駆けまわりになる、浮気をしてやろうと。
暫くの間、僕が忠実にしていると、
その間じゅう、あなたも貞淑にしていて下さる。
僕が幸せだと、あなたは僕以上に幸せらしい、
すると今度は、あなたが幸せなのを見て、僕が一層幸せになる。
僕が泣いたりすると、あなたもそばへ来て泣いて下さる。
僕が慕いよると、あなたもやさしく寄りそって下さる。
僕がうっとりすると、あなたもうっとりなさる。
すると今度は、あなたがうっとりなさると知って僕が
一層うっとりする。
ああ! 知りたいものだ。僕が死んだら、あなた
も死んで下さるだろうか?
彼女。――「あたしの方が余計に愛しているのですも
の、あたしが余計に死にますわ。」
……さてここで、この対話から目がさめた、
残念ながら、夢だった、夢でないならうますぎた。
Quand je cause avec toi,
(新潮文庫「ヴェルレーヌ詩集」より。)
◇
「あばずれ女の亭主が歌った」をうっかり思い出してしまいますが
それは空想。
空想は空想なりに面白いことですから
いまここではで展開しませんが
中也の創作詩のなかには
由来の不明なものが多くあり
ひょっとするとベルレーヌほかのフランス詩に
ヒントを得て作られたかもしれない作品が幾つかありますから
いずれ触れることがあるでしょう。
この詩「心しずかに」は
痴人の歌とは到底見なせない
立派なラブソングと言えるではありませんか。
娼婦のなかにある女性の優しさを
ベルレーヌは見極めていて
一筆描きの淡彩画のように歌い上げたのです。
堀口大学が訳出するほど
価値を認めたはずですから
これを痴人の歌と考えているわけではないのでしょうが
このような立派な歌を
最晩年のベルレーヌが作っていたことは
何がなんでも銘記しておかなければなりません。
◇
途中ですが
今回はここまで。
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