« 中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/「マンドリン」から「春の夜」へ・その2 | トップページ | 中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/「序曲」の謎・その1 »

2018年9月 2日 (日)

中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/「春の朝」から「春の夜」へ

 

 

 

「春の夜」の第3連には

ああこともなしこともなし

――とあり

これは

イギリスの詩人、ロバート・ブラウニングの詩「春の朝」の

上田敏訳の写し(コピー)であることは

だれの目にも明らかです。

 

上田敏の訳詩集「海潮音」(1905年)にある

ブラウニングの詩は

一時代前の(今でも?)高校の国語教科書に掲載されてあり

それを読んで初めて西欧の詩の一つに触れた

青春の記憶であったように

他の世代の日本人の経験でもあったはずで

多くの日本人が知っている有名な詩ですから。

 

 

春の朝(はるのあした)

 

時は春、

日は朝(あした)、

朝(あした)は七時(ななとき)、

片岡(かたをか)に露みちて、

揚雲雀(あげひばり)なのりいで、

蝸牛(かたつむり)枝に這(は)ひ、

神、そらに知(し)ろしめす。

すべて世は事も無(な)し。

 

(岩波文庫「上田敏訳詩集」より。)

 

 

「新編中原中也全集」は

「春の夜」解題の参考の項目に

① ベルレーヌの「Mandoline」原詩

② 同詩の川路柳虹訳

③ ベルレーヌの「Ⅴ(Le piano que baise une main frele…)」原詩

④ 同詩の川路柳虹訳

――と並んで

⑤ ブラウニングの「春の朝」を紹介しています。

 

一つの詩に様々な方面からの影響の跡があるのは

古今東西の詩の歴史によく見られることですが

「春の夜」についてはことさらに

その難解さから

解釈のアプローチも

様々に試みられてきた歴史のあることを物語っています。

 

中原中也の詩の作り方、

とりわけ初期作品の制作方法が

手に取るように理解できて

あらためて数次にわたる編集の仕事に

敬意を表するところです。

 

 

ところで

ああこともなしこともなし

――が「事も無し」の反映であることがすぐにわかるのは

上田敏訳が極めてポピュラーに世間に浸透していたからですが

この詩にベルレーヌが影響していることは

多くの素人の読者は気づかないところです。

 

やはりここにベルレーヌの詩に精通していた

ファンか誰かが存在していて

その人がまず気づいたということですね。

 

それを発見した瞬間が想像できて

胸が躍ります。

 

 

しかし

ああこともなしこともなし

――と中也が詩語に記した時に

普段そらんじていた詩の言葉を

無意識のうちに使ったと考えるのは

間違いでしょう。

 

詩人は

ああこともなしこともなし

――を「春の夜」の詩行として使ったときには

それを確信していました。

 

無意識に使ってしまったということでは

まったくありません。

 

言葉に書く

紙の上に記す

詩を作る

――という行為は

繊細な意識化の作業に他なりませんし

そのことを忘れてしまって

創造することはできません。

 

意識して

ああこともなしこともなし

――は中也の詩の詩語になりました。

 

 

「春の夜」は

そのようなものとしてあります。

 

そのようなものとして

中原中也の第1詩集「山羊の歌」の

第4番詩として存在します。

 

「春の夜」は

「マンドリーヌ」や「ピアノ」に

インスパイヤ―されながらも

中原中也の詩です。

 

そこには

サフラン色に湧き出る

中原中也の春の夜があります。

 

 

こうして「春の夜」を読み直していると

第2番詩「月」への

ボードレールやワイルドの影響や

第3番詩「サーカス」へのベルレーヌの痕跡などのことが

次々に思い起こされます。

 

「山羊の歌」の第2章「少年時」へのランボーの足跡をたどる中で

ベルレーヌの足跡を見ないことには

前に進めないことに気づいて

中也のベルレーヌ翻訳を読み進めていると

いつしか「山羊の歌」の第1章「初期詩篇」に

舞い戻ってきました。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

« 中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/「マンドリン」から「春の夜」へ・その2 | トップページ | 中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/「序曲」の謎・その1 »

中原中也とベルレーヌ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/「マンドリン」から「春の夜」へ・その2 | トップページ | 中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/「序曲」の謎・その1 »

2020年10月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

最近の記事

カテゴリー

無料ブログはココログ