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2018年10月11日 (木)

中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/補足1・金子光晴その3

 

 

金子光晴がベルレーヌをいったん離れるのは

レニエの詩を読むためです。

 

アンリ・ド・レニエは

「秋」(『珊瑚集』)

「日のをはり」(山内義雄訳)

「ニンフ」(金子光晴訳)

「手の絵」(与謝野寛『リラの花』)

――の4作を読むこだわりようで

これはきっと若き日に自身が相当入れ込んだからのようですが

ボードレール、ランボーを鑑賞する流れには

どうしても必要だったからでもありましょう。

 

こうして、

アンリ・ド・レニエのつづきに

シャルル・ボードレールは

「交換」(鈴木信太郎訳)

アルチュール・ランボーは

「母音」(金子光晴訳)と

「谷間に眠るもの」(同)

「そゞろあるき」(『珊瑚集』)

――と案内して

またベルレーヌに戻ってきます。

 

この流れは

月光の詩人、ベルレーヌを読むための

布石であったようでもあります。

 

 

ましろの月

          ポオル・ヴェルレエン

 

ましろの月は

森にかゞやく。

枝々のさゝやく声は

繁のかげに

あゝ愛するものよといふ。

 

底なき鏡の

池水に

影いと暗き水柳。

その柳には風が泣く。

いざや夢見ん、二人して。

 

やさしくも、果知られぬ

しづけさは、

月の光の色に浸む

夜の空より落ちかゝかる。

 

あゝ、うつくしの夜や。

 

          (『珊瑚集』)

 

 

ベルレーヌを案内するには

ランボーを欠かせませんが

ランボーの「そゞろあるき」(永井荷風訳)とを対照し

さらりとベルレーヌの「ましろの月」を呼び出します。

 

蒼き夏の夜や

麦の香に酔ひ野草をふみて

――のランボーに対してこの詩を引き

つぎのようにコメントします。

 

 

月光派のヹルレーヌは、ランボオが歩いた麦畑ではなしに、月光に濡れた池のほとりを、

夢みごこちに我を忘れ、神に跪拝するひたすらな気持で、放縦の陶酔に、悔もなく、未来も

しらず身をうちまかせるのであった。

 

(中央公論社「金子光晴全集」第10巻「現代詩の鑑賞」より。)

 

 

途中ですが

今回はここまで。

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