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2018年10月25日 (木)

中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/補足1・金子光晴その8

 

 

福士はもともと、「白樺」流のトルストイアンで、人間賛美主義の荒っぽい思想をおし通して

いたが、三富らの影響で、反省に入り、彼らしい人間味ゆたかな丹念な観照で、月下の詩

人達にふれていった。そして、高村、室生らの所謂自由詩に反対の立場を示すようになっ

た。

――と福士幸次郎は紹介され

「新しいダンディズム出現」の章ははじまります。

 

 

自分は太陽の子である

          福士幸次郎

 

自分は太陽の子である

未だ燃えるだけ燃えたことのない太陽の子である

 

今口火をつけられてゐる

そろそろ煤りかけてゐる

 

ああこの煤りが焔になる

自分はまつぴるまのあかるい幻想にせめられて止まないのだ

 

明るい白光の原つぱである

ひかり充ちた都会のまんなかである

嶺にはづかしそうに純白な雲が輝く山脈である

 

自分はこの幻想にせめられて

今煤りつつあるのだ

黒いむせぼつたい重い烟りを吐きつつあるのだ

 

ああひかりある世界よ

ひかりある空中よ

 

ああひかりある人間よ

総身眼のごとき人よ

怜悧で健康で力あふるる人よ

 

自分は暗い水ぼつたいじめじめした所から産声をあげたけれども

自分は太陽の子である

燃えることを憧れてやまない太陽の子である

 

(「金子光晴全集」第10巻「現代詩の鑑賞」より。以下同。)

 

 

こうした人間性解放の思想は、「白樺」派の副産物で、当時の青年が一度は通過した思想

課程なのである。

――とこの詩を位置づけた詩人の次の評言には

歯に衣を着せないストレートさがあります。

 

 

高村の詩、千家の詩、乃至は、佐藤惣之助、百田宗治など、多くの青年詩人は、殆ど無反

省に、じぶんの若い血をいたずらにかきさわがせるために、こうした奔馬の背にじぶんをく

くりつけた。マゼッパさながらに。

 

 

白樺派が勢いをもった時代の

詩の形の一つの例だったのでしょう。

 

マゼッパも

フランス詩に魅入られて後は

ダンディな詩を書くようになったといいます。

 

 

扇を持つみなしごの娘

 

扇の中にみなしごは、

白い虚な眼を閉じる。

病気上りの気のやみに、

まぶしく照らす赤い夕日、

風にふらふらうごく雛罌粟、

心覚えの両親が心の何処かにあるやうに、

所々にきらきらと清水が涌く。

 

ああパウルのやうに厳くて、ペテロのやうにやさしい院長さん、

私が此方へ初めて来た日には、

ああお天日様目掛けて飛んでゆく鳥みたいでした。

そのくせ夜になると魘(うな)されたり、

泣き出したり、

知らぬ他国の夢を見て、

暗い廊下におびえて居たり……

 

 

「自分は太陽の子である」にくらべれば

これがダンディと金子光晴が認めるものでした。

 

福士幸次郎は

金子光晴が主宰していた「楽園」に属していましたし

その周辺には

林髞

佐藤一英

平野威馬雄

サチウ・ハチロー

永瀬三吾

国木田虎雄

――らがいて活躍中だったというのですから

もはや遠い日のことになりました。

 

その外には吉田一穂もいました。

 

 

早稲田派、三富朽葉を中心とする

フランス・サンボリズムの流れとは異なる流れが

10、15年のちに現われる

富永太郎の流れです。

 

富永太郎ということになり

案内されるのはアルチュール・ランボーの翻訳です。

 

 

饑餓の饗宴 

      ランボー

 

俺の饑よ、アヌ、アヌ、

驢馬に乗つて、逃げろ。

 

俺に食気が あるとしたら、

食ひたいものは、土と石。

ヂヌ、ヂヌ、ヂヌ、ヂヌ、空気を食はう、

岩を、火を、鉄を。

 

俺の饑よ、廻れ、走れ。

音の平原!

旋花のはしやいだ

  毒を吸へ。

 

貧者の砕いた 礫を啖へ、

教会堂の 古びた石を、

洪水の子なる 磧の石を、

くすんだ谷に 臥てゐる麺麭を。

 

俺の饑は、黒い空気のどんづまり、

鳴り響く蒼空!

――俺を牽くのは 胃の腑ばかり、

それが不幸だ。

 

地の上に 葉が現はれた。

饐えた果実の 肉へ行かう。

畝の胸で 俺が摘むのは、

野萵苣(のぢしゃ)に菫。

 

俺の饑よ、アヌ、アヌ、

驢馬に乗つて、逃げろ。

 

           (富永太郎訳)

 

 

次に紹介されるのは

富永太郎の自作詩2作のうちの「橋の上の自画像」。

 

 

橋の上の自画像 

       富永太郎

 

今宵私のパイプは橋の上で

狂暴に煙を上昇させる。

 

今宵あれらの水びたしの荷足は

すべて昇天しなければならぬ、

頬被りした船頭たちを載せて。

 

電車らは花車の亡霊のやうに

音もなく夜の中に拡散し遂げる。

(靴穿きで木橋を踏む淋しさ)

私は明滅する「仁丹」の広告塔を憎む。

またすべての詞華集とカルピスソーダ水とを嫌ふ。

 

哀れな欲望過多症患者が

人類撲滅の大志を抱いて

最期を遂げるに間近い夜だ。

 

蛾よ、蛾よ、

ガードの鉄柱にとまって、震へて

夥しく産卵して死ぬべし、死ぬべし。

咲き出でた交番の赤ランプは

おまへの看護には過ぎたるものだ。

 

 

もう1作の「癲狂院外景」――。

 

 

癲狂院外景

        富永太郎

 

夕暮の癲狂院は寂寞(ひっそり)として

苔ばんだ石塀を囲らしてゐます。

中には誰も生きてはゐないのかもしれません。

 

看護人の白服が一つ

暗い玄関に吸ひ込まれました。

 

むかうの丘の櫟林の上に

赤い月が義理で上りました

(ごくありきたりの仕掛けです)。

 

青い肩掛のお嬢さんが一人

坂を上つて来ます。

ほの白いあごを襟にうづめて、

唇の片端が思ひ出し笑ひに捩ぢれてゐます。

 

――お嬢さん、行きずりのかたではありますが、

石女らしいあなたの眦を

崇めさせてはいただけませんか。

誇らしい石の台座からよほど以前にずり落ちた

わたしの魂が跪いてさう申します。

 

――さて、坂を下りてどこかへ行かうか……

やっぱり酒場か。

これも、何不足ないわたしの魂の申したことです。

 

 

上田敏、永井荷風にはじまる

フランス・サンボリズムの受容の歴史の中で

富永太郎を読んでみると

かなり現代に近い詩であることが際立ちます。

 

現代的(モダン)と言ってしまえば

簡単にすぎますが

富永太郎のこれらの詩を

三富朽葉を10年さがった時代の詩と

金子光晴は位置づけています。

 

 

金子光晴はこの二つの詩を読んで

 

どこかラフォルグの軽さもあり、また、ボオドレエルの濃い血汁もかよっている。ランボオの

冒険もある。

 

そして、血になりかた、肉になりかたが、おなじサンボリズムであっても、白秋露風時代とど

んなにちがうか。

――とコメントします。

 

つづけて

これは詩の年齢ばかりでなく、大正から昭和にうつってゆく自意識の発達の歴史を物語っ

てもいるようだ。

 

そして、大正中期の詩人たちの、どこかとりすました傑作主義から、自己の内的苦悶の表

現を中心とした詩作の道すじのけわしさに於て、朽葉からの横のつながりを感じさせるも

のだ。

――と大正末そして昭和初期の詩人である富永太郎を

あざやかに浮き彫りにします。

 

 

現代詩は

こうして中原中也にたどりつきます。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

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