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2018年10月22日 (月)

中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/補足1・金子光晴その7

 

 

ジュール・ラフォルグ(1860~1887)は

晩年のベルレーヌ(1844~1896)を熱烈に支持した

青年詩人の群れの中の一人であったようです。

 

金子光晴は

そのことを記していませんが。

 

 

ピエロオの詞

      ラフォルグ

 

また本か。恋しいな、

気障な奴等の居ないとこ、

銭やお辞儀の無いとこや、

無駄の議論の無いとこが。

 

また一人ピエロオが

慢性孤独病で死んだ。

見てくれは滑稽(おかし)かつたが、

垢抜のした奴だつた。

 

神様の退去(おひけ)になる、猪頭(おかしら)ばかり残ってる。

ああ天下の事日日に非なりだ。

用もひととほり済んだから、

どれ、ひとつ「空扶持(むだぶち)」にでもありつかう。

 

(「金子光晴全集」第10巻「現代詩の鑑賞」より。以下同。)

 

 

この詩は

詩人の読みを

そのまま引いておきましょう。

 

 

また本か、は、よむ本も、およそ心の助けになってくれず、知識のおしうり、学識のひけら

かしなど、よそよそしいことばかりで、手にとっても、すぐに捨てたくなる。気障な奴等は、い

つの時代、どこでもつきぬ。得意満面な軽薄づらを、しみじみとみれば、おかしくもぁり、哀

れにもなるが。銭で幅をきかせる奴、それほどのことでもないことには、むだな議論をつい

やす奴、それらがみんないなかったら、どれほどこの世界は安楽浄土となるだろう。恋一

つうちあけられず、つまらない女一人を吾仏とおもって、心をこがすばかりで、嘲笑され、

気の毒がられたままで、孤独がこうじて死んでしまった。そんな運命にじぶんもやがてなり

そうだ。あわれな奴だったが、心の底はさらりとして、気心のわかる、いい奴だった。そうい

う連中は段々いなくなる。そして、ボスや世才がはびこっている。じぶんには、人生がだん

だん住みにくいところになってくる。こんな世のなかですることもない。いい加減にして、な

にかいい隠居しごとでもあったら、安楽一式浮世を茶にして送りたいものだ。

 

 

嘆きぶし風につくれる墓碑銘

      ラフォルグ

 

女、すなはち

わが心とは、

なんと豪儀な

託宣ぞや!

 

どうせ消えちやう

パステル描きだよ、

調子が駄目なら

どうともくさせ!

 

躍り出でたる

道化の

踊りだ。

 

沈黙……

おや、どこやらで

ほととぎす。

           (山内義雄訳)

 

 

こちらも詩人の読みを

そのまま読んでおきます。

 

 

これも、おなじように、浮世を七分三分にみて、あかるくすねたような詩だ。ピエロのおどり

くたびれた生涯を、しゃれのめしたもので、そらとぼけたように明るい月光がピエロの墓を

てらし、どこかで、ほととぎすが啼いてすぎるといった情景をおもいうかばせる。

 

 

詩人の筆運びがあまりに面白いので

ついついそのままの形で引用してしまいました。

 

これがフランス語原詩を自ら読み

その翻訳をいくつか読んだ鑑賞なのですから

言語の壁などというものはすっかり忘れて

詩世界が通じ合っているところに

いつしか誘(いざな)われている心地ですね。

 

 

「フランスのエレガンス的傾向」の小題で

堀口大学からラフォルグへの流れが

こうして辿られ

ラフォルグはもう1作「お月様のなげきぶし」を

「牧羊神」から取り出して読んだ後

川路柳虹の日常語詩の実践を皮切りとする新時代について

簡単にまとめられます。

 

白秋、露風が第1線から退き

口語詩を書く詩人は

川路柳虹

高村光太郎

山村暮鳥

福士幸次郎

竹友藻風

富田砕花

室生犀星

萩原朔太郎

白鳥省吾

柳沢健

日夏耿之介

堀口大学

西條八十

千家元麿

――といった面々が

詩壇を背負って立つようになります。

 

露風一派の詩人たちも

文語に固執していながらも

それまでの新体詩口調ばかりではなくなり

表現が個性的になります。

 

七五調では西洋の詩に対抗できないというところで

多くの詩人たちの議論は一致したものの

これだという結論がでるものでもなく

しかし少しづつ、ゆくべきところへ歩みをそろえていったのだし

翻訳の世界でも同じようなことになっていきました。

 

フランス・サンボリズム以外の

世界の名詩が続々と紹介されるなかで

ふるい酒を新しい革袋に盛った(新しい酒と言っていません!)

研究者の1グループとして案内されるのが

三富朽葉ら早稲田派の一派です。

 

 

三富朽葉はグループの中心にいましたが

犬吠埼海岸で遊泳中に友が溺れたのを助けようとして

自らも溺死した詩人です。

 

ラフォルグも夭逝しましたから

どこかで詩風に似たところがあるのかもしれませんし

川路柳虹といい

三富朽葉といい

中原中也が高く買う詩人たちがちらほらと登場する流れは

中原中也本人の登場に繋がっていくことになるのですから

俄然、身を乗り出す姿勢になります。

 

 

憂鬱病

          三富朽葉

 

Ⅰ 雨

 

青い洋館を取り巻く

畑の後の地平線よ、

雨が降る、雨が降る。

 

苧(からむし)を績むやうな軽い唄が

雨の中から生れて、

雨の中へ消えてゆく。

 

のろのろと動いて

疲れて睡る田舎の雨。

 

おお、私は熱を病んで、

影のやうに飛び去る

火の鳥を夢みてゐる。

 

枝から枝へ舞ひ昇る

明るい水の煙の

雨に紛れるわびしさ、

窓硝子のみやがて白く

拡がりかかる夜の鬱陶しさ。

 

暗い焔の陰から

私の饑ゑた希望(のぞみ)は

人知れず狂ひに行く……雨の中。

 

Ⅱ 夜

 

血なまぐさい室を出て

私は夢遊病者(ソムナンブリスト)のやうに迷つて歩く、

闇の底に蒼ざめた

光りの眠り。

 

薄明りの空が、どこからか

洩れるともないピアノを聴いてゐる。

 

火の渇きに打たれて、

私は独り、病に魅いられて、

懶い夜のイリュウジョンを追って歩く。

 

 

金子光晴はこの詩を

 

火の鳥を心にいだき、夢みている若人の飢え渇きが、夜の底へ光を放ってとび立とうとす

る、内心の懊悩が、さほど上手というわけでもなく、又流麗でもないが、内面の閃きを発し

ながら、個性的に、ポキポキと表現されている

――と味わって

 

三富の「“火の鳥”の夢」は、時代がめざめてきた曙の方へ、“うつぼつ”として脈うってい

る。彼は、月光からのがれなければならない時代の子の宿命をおぼろげながら感じはじめ

て、サンボリズムの諸詩人から、遂にエミール・ヱ゛ルハーレンに飛躍して移っていった。

――と記します。

 

月光に濡れているばかりではいけないという思想が

三富朽葉のなかに芽生え

グループの詩人たちのなかにもありました。

 

そのうちの一人が福士幸次郎でした。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

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