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中原中也を歌う(曲と歌:桜木うさこさん)

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2018年10月 8日 (月)

中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/補足1・金子光晴

 

 

 

偶成

          ポオル・ヴェルレエン

 

空は屋根のかなたに

かくも静にかくも青し。

樹は屋根のかなたに

青き葉をゆする。

 

打仰ぐ空高く御寺の鐘は

やはらかに鳴る。

打仰ぐ樹の上に鳥は

かなしく歌ふ。

 

あゝ神よ。質朴なる人生は

かしことなりけり。

かの平和なる物のひゞきは

街より来る。

 

君、過ぎし日に何をかなせし。

君今こゝに唯だ嘆く。

語れや、君、そもわかき折

なにをかなせし。

 

          (『珊瑚集』)

 

 

ここで脱線して

金子光晴によるベルレーヌ案内に

耳を傾けてみましょう。

 

もはや疾(と)うに

過去のものとなったというのは思い過ごしで

金子光晴は「珊瑚集」(1913年、大正2年)の中から

この「偶成」を引っ張り出してきて

ベルレーヌを味わい尽くします。

 

「偶成」とはまた

なんとも古めかしい意訳ではないかと

そこで通り過ぎてしまっては

この翻訳も過去のものとなってしまうことでしょうが

金子光晴はタイトルに躓(つまづ)きません。

 

 

僕がはじめて手にとった詩集は、『珊瑚集』という、名の通り、珊瑚いろの表紙の訳詩集

だった。

(中央公論社「金子光晴全集」第10巻「現代詩の鑑賞」より。以下同。)

 

 

「現代詩の鑑賞」の書き出しは

「象徴派を鑑賞しながら」の章題をつけて

こうはじまります。

 

「翻訳詩の影響」の小題で

真っ先にとりあげるのが「偶成」です。

 

 

この詩は、僕の時代の文学青年が誰もよんでいる詩だ。

 

荷風の訳詞は、優雅で、心のこもった韻文だ。この詩などは、特にほゞ原詩の雅致と、意

(こころ)とを伝えているようだ。

 

この原詩が、世界の詩に与えた有形無形の影響は、はかりしれないものがある。そして、

その当時にあっては、一応、詩のいたりうる極致のようにさえ考えられた。

 

(略)

 

日本の詩壇の上に与えた影響も大きい。三木露風の象徴詩の語感も、これらの翻訳を出

ていないし、川路柳虹の『かなたの空』時代の繊細な感性の詩も、ヹルレエヌをその出発

点にしている。

 

――とまずはベルレーヌのアウトラインをくっきりさせますが、

ベルレーヌの詩は

ベルレーヌからはじまったものではなく

フランス抒情詩の長い伝統の上に立つもので

遠くは泥棒詩人、ヰ゛ヨンまで遡ることができると

歴史の中に位置づけます。

 

この流れが

19世紀、20世紀に続き

後の時代のフランスの詩人たちの心をうるおし

世界の詩のこころをぬらす源流になることを予測します。

 

これ(「現代詩の鑑賞」)が書かれたのは

1954年(昭和29年)です。

 

今から60余年前のことです。

 

 

金子光晴自身の経験

世界の詩への影響

日本の詩壇への影響

ベルレーヌまでのフランス詩の伝統

――とあっちへ行き、こっちへ行きながら

ベルレーヌは鷲づかみされるのですが

おもむろに、

 

この詩は、解説するほどのことはないだろう。

――と記して

詩の中に分け入って行きます。

 

 

世にも稀な感じやすい、鋭い感受性をもった詩人ヹルレエヌが、所謂世紀末(ファン・ドウ・

シェクル)と言われる19世紀末のデカダンな時代思想のなかで、信仰を失い、放蕩に沈湎

しながら、悔恨にめざめた朝は、教会の入口に身をうち伏して慟哭したと伝えられている。

 

詩は、そのときの懺悔であり、聖なるもの、きよきものへのひたぶるなあくがれの表現であ

る。

 

 

――と、ここまで書いては

カトリシズムについて触れないわけにいかないという流れができて

ボードレールのようなニヒリズムは

神への反逆のかたちになることは必然

20世紀になって

クローデル、モーリヤックを生むフランスと

日本人がカトリシズムの線で理解を断ち切られるのは仕方ないのだし。

 

ベルレーヌの「叡智」の連祷のような詩群は

カトリックの精神を理解しないでは

しっくりとわかることはないことや、

ベルレーヌの「叡智」へは

カトリシズム抜きに接近することが無理だとしても

この詩「偶成」は

カトリシズムを知らなくても理解可能だということが語られます。

 

 

だがこの詩の価値ということになると、時と所と状態を異にしながら、万代の人の心をうつ

点だけを問題にすれば足りるのである。

 

――とここで「偶成」が

だれにでも読める詩であることが語られて

みるみるうちに

この詩の親しみやすさのわけを知ることになります。

 

万代の人の心をうつ。

 

この詩のポピュラリティーの理由が

人みなこぞって抱くに違いのない

青春の悔恨を歌ったものにあるなら

帰らぬ日はたちまち

一種の共同の幻想としてよみがえり

多少のなぐさめをもたらしてくれることになるからかもしれません。

 

 

青春の日は過ぎてゆき、ふりかえればおろかしいこと、むなしいことばかりしかしてこない

おおかたの人の悔恨のおもいに通じる著者の心が、ある日、あまりにしずかな平和な空を

屋根の上にながめて、御寺の鐘が鳴り、物音立てている遠くの人生に、つゝましき嫉妬をさ

え感じている境地をうたったこの詩であるが、実際は、遠くの人生の人々の心もおなじこと

なのだ。人間、誰一人この“うらみ”のないものがあろう。

 

 

詩人はそこのところを

こう記していますが

この詩は、

 

あのパリーのオデオン座の近くの、酔ヹルレエヌが背を曲げて、さまよっていたあたりの街

をおもいうかべれば、味わいはさらに渾然としたものになるだろう。

この詩のひゞきのなかには、老巴里のかわらざる姿への安堵がひゞいている。

 

――と付け加えるのです。

 

それは、フランス芸術のすべてに賦与されている

恵みのようなもの、と。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

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