中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/補足2・橋本一明の読み・その13
「Crimen Amoris」(愛の犯罪)は
エクバターヌという古代メディアの首都にある宮殿の
悪魔や堕天使たちの宴(うたげ)の様子を歌いはじめます。
それは七大罪を祭る宴――。
絹と黄金で飾り立てられ
異教の音楽が奏でられるなかで
悪魔や堕天使たちの祈る声が響き渡ります。
おお なんと美しい!
――と第2連にあるのは
地の声でしょうか。
ベルレーヌの心が
動いているのでしょうか。
欲望や食欲が解放されて
輝かしい光の満ちた宴は
御小姓(おこしょう)たちがすばしこく立ち回り
水晶グラスのバラ色の酒が
次々に注ぎ回されています。
◇
ベルレーヌがカトリックに回心した後に書かれた詩です。
その心に映し出される異教徒の宴の陶酔――。
なにが起こるのだろうと
緊迫した気持ちになるのは自然です。
◇
ランボーが現われるのは
第5連。
むんずと腕を組み 彼は夢みる
ひとみに炎をあふれさせ ひとみに涙をあふれさせ
――と歌われて登場します。
宴の中にある
堕天使のうちの
もっとも美しい若者として登場するのです。
彼のひたいに くるしみが
憂愁の黒い胡蝶をとまらせていた
おそるべき不滅の絶望!
おれをしずかにしておいてくれ!
――と言い残し
彼は宴を去ります。
ここらが
全25連の詩の3分の1ほど。
第10連で
彼の叫びのような祈りの声がはじまり
続く1連4行×4連が彼の言葉です。
彼の説くのは
地上をかくれ家とする地獄が
普遍の愛に身をささげるであろう世界です。
祈りが終わったとき
彼が手にしていた松明が落ち
大火がごうわうと燃えあがります
燃え盛る火に
黄金は熔け
大理石ははじけ
絹はぼろ屑となる……
堕天使(悪魔)たちの歌う美しいコーラスが
猛火の中から聞こえています。
◇
第17連、
炎が天をなめるのを見つめながら
つぶやかれる彼の祈りの言葉は
湧きあがる歓声に吸われていきました
第18連、
そのとき雷鳴がとどろき
歓喜の歌声も途絶えます。
何ひとつ残ったものはなかった
すべては
一場の夢にすぎなかったのか
◇
やがて――。
無数の星がきらめく
さ青の夜。
浄福の野が広がっています
冷たい流れ幾すじか
廃墟に残った石床を流れている
梟(ふくろう)たちが
空(くう)を横ぎり
ときどき流れからはねあがる波が
キラリと光る静寂
◇
はるか彼方の丘々から
愛のような、なにか、形に定まらない形
やわらかなものの形があらわれ
雨水の流れから霧がたちのぼり
それは人の営みをおもわせる
最終連は意訳しないで
橋本一明の翻訳をそのまま読みましょう。
◇
これらすべては 心のように 魂のように
また 言葉のように ういういしい愛にあふれて
崇め 陶然と身を開き もとめむかえる
ぼくらを悪よりまもりたまう 寛大仁慈なる神を
◇
この詩の全文は
中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/補足2・橋本一明の読み・その10
にあります。
ベルレーヌのランボーへ向ける眼差しが
冷酷ではないことが
橋本一明の翻訳に読み取れるでしょうか。
ベルレーヌがこの詩で
キリストの愛の勝利を歌ったにしても
ランボーを貶めているものでないことは
歴然としています。
◇
途中ですが
今回はここまで。
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