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2018年12月 4日 (火)

中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/補足2・橋本一明の読み・その9

 

 

 

 

ああ 主よ 私に何がありましょう? ああ 私は

異常な喜びの涙にくれてここにおります あなたの声は

幸福であり不幸であるようなものを一時に私にくださるのです

そして不幸も幸福もすべてがおなじ魅力をもっているのです

 

私は笑います 私は泣きます そしてこれは戦場に

武器をとれよと鳴りひびくラッパの呼び声に似ています

戦場には大楯(おおだて)に乗った青や白やの天使らの姿が見え

このラッパは誇らかな警告のうちに私をつれ去るのです

 

私はえらばれていることの恍惚と恐怖を感じます

私は値せぬものです しかしなたの寛大さを知っております

ああ なんという努力 ああ なんという熱意! そしていま

 

つつましい祈りにあふれております はてしない心の迷いが

あなたの声の啓示したあの希望をみだしてはおりますけれど

私はおののいてこがれております……

 

 

              ――あわれな魂よ それでよいのだ!

 

(角川書店「世界の詩集8・ヴェルレーヌ詩集」より。ルビはほとんどを省略しました。編者。)

 

 

ここに太宰治の小説「晩年」の

冒頭作品「葉」に使われて有名になった詩行の

原作が出てきました。

 

私はえらばれていることの恍惚と恐怖を感じます

――という部分を

太宰は恍惚と不安としているのは

堀口大学訳から取ったからでしょう。

 

ここは

幸福であり不幸であるようなものを一時に私にくださるのです

そして不幸も幸福もすべてがおなじ魅力をもっているのです

――とある前行などの意味を受けていることを知れば

本来の意図に近づくことでしょう。

 

 

最終節は

それでよいのだ、という

神の言葉1行で終わりますが

この最終行が字下がりになっているのは

イエスが地上にあることを暗示しているでしょうか。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

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