中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/補足2・橋本一明の読み・その9
◇
八
ああ 主よ 私に何がありましょう? ああ 私は
異常な喜びの涙にくれてここにおります あなたの声は
幸福であり不幸であるようなものを一時に私にくださるのです
そして不幸も幸福もすべてがおなじ魅力をもっているのです
私は笑います 私は泣きます そしてこれは戦場に
武器をとれよと鳴りひびくラッパの呼び声に似ています
戦場には大楯(おおだて)に乗った青や白やの天使らの姿が見え
このラッパは誇らかな警告のうちに私をつれ去るのです
私はえらばれていることの恍惚と恐怖を感じます
私は値せぬものです しかしなたの寛大さを知っております
ああ なんという努力 ああ なんという熱意! そしていま
つつましい祈りにあふれております はてしない心の迷いが
あなたの声の啓示したあの希望をみだしてはおりますけれど
私はおののいてこがれております……
九
――あわれな魂よ それでよいのだ!
(角川書店「世界の詩集8・ヴェルレーヌ詩集」より。ルビはほとんどを省略しました。編者。)
◇
ここに太宰治の小説「晩年」の
冒頭作品「葉」に使われて有名になった詩行の
原作が出てきました。
私はえらばれていることの恍惚と恐怖を感じます
――という部分を
太宰は恍惚と不安としているのは
堀口大学訳から取ったからでしょう。
ここは
幸福であり不幸であるようなものを一時に私にくださるのです
そして不幸も幸福もすべてがおなじ魅力をもっているのです
――とある前行などの意味を受けていることを知れば
本来の意図に近づくことでしょう。
◇
最終節は
それでよいのだ、という
神の言葉1行で終わりますが
この最終行が字下がりになっているのは
イエスが地上にあることを暗示しているでしょうか。
◇
途中ですが
今回はここまで。
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