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2019年4月 2日 (火)

テオ・アンゲロプロス「霧の中の風景」鑑賞記

「(この時間が)ずっと続くのがいい」と思うヴーラの心には、「恋」が芽生えてしまったのだろうか。それとも、全ギリシア的苦悩とでもいうべきものが、ヴーラとオレステスの関係に負わされたのだろうか。

霧の中の風景
1988
ギリシア

 テオ・アンゲロプロス「霧の中の風景」は、ドイツにいる父を訪ねて、アテネに住む姉弟が、母の目を盗んで2人で長い旅に出る物語である。姉ヴーラ12歳、弟アレクサンドロス6歳が、毎夜、就眠のベッドの寝物語に語りあってきた父親探しの旅を決行するのである。持っているのは、姉のショルダーバックだけであり、1銭の現金も持たない。

無賃乗車で、アテネ中央駅に飛び乗ったものの、鉄道警官に見咎められ、次の駅で降ろされてしまい派出所に連れて行かれる。姉弟が口に出した伯父がやってきたが、2人の引き取りを拒む。警官と伯父のやり取りを見ていて愕然とした姉弟は、スキをついて、その場を逃げ出すことに成功する。

雪の氷結する街路。近くで、結婚式のパーティーが賑やかに行われている。姉弟は、花嫁が宴席を逃げ出し、花婿が花嫁を追いかけて、なにやらいさかいするのを見る。その直後、トラックに引きずられた瀕死の馬が、雪の上に置き去りにされ、やがて死んで行く場面に立ち会う。しくしくと泣き出す弟を抱きとめる姉ヴーラ。

2人は、徒歩で、山道を行くと、旅劇団の送迎バスを運転する青年オレステスに会い、バスに便乗して、一座が稽古に余念のない砂浜へ同行する。一座は、「旅芸人の記録」の劇団であり、いまも「羊飼いの少女ゴルフォ」1本を演じながら、ギリシア全土を巡回公演しているのであった。エバ・コタマニドゥが、「アテネの33日間戦争」のくだりを稽古し、座長のアガメムノンはよりいっそう年老いている。

オレステスと姉弟は、山道で偶然に出会い、この映画の終焉まで関係は続くことになるが、オレステスとヴーラの出会い(=恋と呼んでいいかもしれない)は、この作品の重要なテーマに結びついている。

山を歩き、高速道路を歩き、また列車に無賃乗車し……。くたびれて、もう歩けないという弟を思い、ヴーラは、高速道路で強雨に打たれながら長距離トラックをヒッチした。運転手は、はじめ、腹を空かせた姉弟を行き着けの安レストランに誘い、情深くもてなすのだったが、やがて荷役桟橋にトラックを駐車すると、仮眠すると偽ってヴーラを荷台に導き、陵辱してしまうような男であった。血まみれの手を見つめる姉ヴーラは、なにを思うのであろうか。

癒しきれぬ傷を負ったヴーラであったが、父親に会うという目的は捨てない。再び列車に飛び乗るが、再び警官に追われ、いつしか荒涼とした工場地帯に姉弟は紛れ込んでしまっていた。しかし、ここでも、偶然にバイクにまたがったオレステスと会い、近くの海に遊ぶ。どこからか流れてくるロック。オレステスはヴーラと踊る……。

「(この時間が)ずっと続くのがいい」と思うヴーラの心には、「恋」が芽生えてしまったのだろうか。それとも、全ギリシア的苦悩とでもいうべきものが、ヴーラとオレステスの関係に負わされたのだろうか。まもなく、芝居をやめて軍隊に入ることになっているオレステスの優しさに耐え切れずに、ヴーラは突然、踊るのを止めて、オレステスの目をじっと見つめる。「なにか大事なことを見つけたんだ、一人にしてあげよう」と、何かを察知した弟アレクサンドロスに言うオレステス。

アテネ発テリッサ、カラリーニ経由ドイツ行き国際特急の出発を知らせるアナウンスを聞き、オレステスは、「3人の旅は終りだね」と別れのあいさつをするが、ヴーラは「終わらないわ」と毅然として投げ返す。オレステスも、終わらないことがウキウキした気持ちになっていることを自覚する。こうして、また一座の元へ寄ると、彼らは経済的ピンチを切り抜けるために劇に使う衣装をう競売にかけているところであった。オレステスは、「葬式は嫌いだ」と叫んで、一座に別れを告げるのである。

夜、弟とともにするベッドを抜け出し、オレステスの部屋を訪ねるヴーラ。空のベッドが、明かりの付けはなしたままの部屋で白々しく輝いている。

その頃、オレステスは、海辺に佇(たたず)んでいる。目前の海から、巨大な石膏の手首が現れ、ヘリコプターに吊り上げられ、やがて薄明のビルディングの彼方に飛び去っていく。(あれは、「ユリシーズの瞳」に出てきたレーニン像の一部なのだろうか)。神妙に、かつ茫然として、手首が浮遊し遠ざかってゆくのを、オレステス、ヴーラ、アレクサンドロスの3人が見送っている……。「もしも私が叫んだとて、天使たちのだれが聞くだろう」と、オレステスはリルケの詩の1節を吐き捨てる。

オレステスは愛車をバイク集団の若者に売る交渉を成立させた後、姉弟と、最後の夜をディスコで過ごす。しかし、ヴーラはほっておかれ、弟とともにディスコを抜け出し、また、旅の人となる。夜の高速道路を、ヴーラは弟の手を引っ張り、怒ったように、進んで行く。オレステスが、今夜限りのバイクに乗って2人に追いつき、ヴーラを抱きしめる。「最初のときはだれでもそうなんだ。最初のときはだれでもそうなんだ。心臓は破れそうになる。最初のときはだれでもそうなんだ。息が乱れ、死にそうな気がする」と、ヴーラに語る。

姉弟は、ドイツを目指す。金を持たないヴーラは、とある駅で兵隊を見つけ、385ドラクマを所望する。兵隊は、少女を「買う」心押さえがたく、右往左往した上、ついに紙幣をヴーラに渡すだけにとどまる。

暗闇に、ヴーラの声がする。「川を渡ったところがドイツよ」。小船を漕ぐヴーラとアレクサンドロスに、「止れ」という国境警備員の声がかかった直後、「ドン」という銃声。しかし、2人は助かった。朝が訪れ、2人はドイツにいる。靄が次第に解け、輪郭の明確な景色が現れると、広大な原野に一本の木が立っているのが見える。駆け寄って、その木を抱きしめるヴーラとアレクサンドロス。

(2001.7.14鑑賞&記)

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