中原中也/秋の詩名作コレクション3/いちじくの葉
いちじくの葉
いちじくの、葉が夕空にくろぐろと、
風に吹かれて
隙間(すきま)より、空あらわれる
美しい、前歯一本欠け落ちた
おみなのように、姿勢よく
ゆうべの空に、立ちつくす
――わたくしは、がっかりとして
わたしの過去の ごちゃごちゃと
積みかさなった思い出の
ほごすすべなく、いらだって、
やがては、頭の重みの現在感に
身を托(たく)し、心も托し、
なにもかも、いわぬこととし、
このゆうべ、ふきすぐる風に頸(くび)さらし、
夕空に、くろぐろはためく
いちじくの、木末(こずえ) みあげて、
なにものか、知らぬものへの
愛情のかぎりをつくす。
(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)
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