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2019年10月20日 (日)

中原中也/秋の詩名作コレクション28/夏過けて、友よ、秋とはなりました

夏過けて、友よ、秋とはなりました

友達よ、僕が何処(どこ)にいたか知っているか?
僕は島にいた、島の小さな漁村にいた。
其処(そこ)で僕は散歩をしたり、舟で酒を呑(の)んだりしていた。
又沢山の詩も読んだ、何にも煩(わずら)わされないで。

時に僕はひどく退屈した、君達に会いたかった。
しかし君達との長々しい会合、その終りにはだれる会合、
飲みたくない酒を飲み、話したくないことを話す辛さを思い出して
僕は僕の惰弱な心を、ともかくもなんとか制(おさ)えていた。

それにしてもそんな時には勉強は出来なかった、散歩も出来なかった。
僕は酒場に出掛けた、青と赤との濁った酒場で、
僕はジンを呑んで、しまいにはテーブルに俯伏(うつぶ)していた。

或(あ)る夜は浜辺で舟に凭(すが)って、波に閃(きら)めく月を見ていた。
遠くの方の物凄い空。舟の傍(そば)では虫が鳴いていた。
思いきりのんびり夢をみていた。浪の音がまだ耳に残っている。

暗い庭で虫が鳴いている、雨気を含んだ風が吹いている。
茲(ここ)は僕の書斎だ、僕はまた帰って来ている。
島の夜が思い出される、いったいどうしたものか夏の旅は、
死者の思い出のように心に沁(し)みる、毎年々々、

秋が来て、今夜のように虫の鳴く夜は、
靄(もや)に乗って、死人は、地平の方から僕の窓の下まで来て、
不憫(ふびん)にも、顔を合わすことを羞(はず)かしがっているように思えてならぬ。
それにしても、死んだ者達は、あれはいったいどうしたのだろうか?

過ぎし夏よ、島の夜々よ、おまえは一種の血みどろな思い出、
それなのにそれはまた、すがすがしい懐かしい思い出、
印象は深く、それなのに実際なのかと、疑ってみたくなるような思い出、
わかっているのに今更のように、ほんとだったと驚く思い出!……

(一九三三・八・二一)

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)
  

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