中原中也/秋の詩名作コレクション8/お会式の夜
お会式の夜
十月の十二日、池上の本門寺、
東京はその夜、電車の終夜運転、
来る年も、来る年も、私はその夜を歩きとおす、
太鼓の音の、絶えないその夜を。
来る年にも、来る年にも、その夜はえてして風が吹く。
吐(は)く息は、一年の、その夜頃から白くなる。
遠くや近くで、太鼓の音は鳴っていて、
頭上に、月は、あらわれている。
その時だ 僕がなんということはなく
落漠(らくばく)たる自分の過去をおもいみるのは
まとめてみようというのではなく、
吹く風と、月の光に仄(ほの)かな自分を思んみるのは。
思えば僕も年をとった。
辛いことであった。
それだけのことであった。
――夜が明けたら家に帰って寝るまでのこと。
十月の十二日、池上の本門寺、
東京はその夜、電車の終夜運転、
来る年も、来る年も、私はその夜を歩きとおす、
太鼓の音の、絶えないその夜。
(一九三二・一〇・一五)
(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)
« 中原中也/秋の詩名作コレクション7/干物 | トップページ | 中原中也/秋の詩名作コレクション9/(秋の日を歩み疲れて) »
「063中原中也の秋の詩/名作コレクション」カテゴリの記事
- 中原中也/秋の詩名作コレクション58/道化の臨終(Etude Dadaistique)(2019.11.16)
- 中原中也/秋の詩名作コレクション57/秋を呼ぶ雨(2019.11.13)
- 中原中也/秋の詩名作コレクション56/暗い天候(二・三)(2019.11.12)
- 中原中也/秋の詩名作コレクション55/米 子(2019.11.11)
- 中原中也/秋の詩名作コレクション54/一つのメルヘン(2019.11.10)
« 中原中也/秋の詩名作コレクション7/干物 | トップページ | 中原中也/秋の詩名作コレクション9/(秋の日を歩み疲れて) »
コメント