中原中也/秋の詩名作コレクション14/処女詩集序
処女詩集序
かつて私は一切の「立脚点」だった。
かつて私は一切の解釈だった。
私は不思議な共通接線に額して
倫理の最後の点をみた。
(ああ、それらの美しい論法の一つ一つを
いかにいまここに想起したいことか!)
※
その日私はお道化(どけ)る子供だった。
卑小な希望達の仲間となり馬鹿笑いをつづけていた。
(いかにその日の私の見窄(みすぼら)しかったことか!
いかにその日の私の神聖だったことか!)
※
私は完(まった)き従順の中に
わずかに呼吸を見出していた。
私は羅馬婦人(ローマおんな)の笑顔や夕立跡の雲の上を、
膝頭(ひざがしら)で歩いていたようなものだ。
※
これらの忘恩な生活の罰か? はたしてそうか?
私は今日、統覚作用の一欠片(ひとかけら)をも持たぬ。
そうだ、私は十一月の曇り日の墓地を歩いていた、
柊(ひいらぎ)の葉をみながら私は歩いていた。
その時私は何か?たしかに失った。
※
今では私は
生命の動力学にしかすぎない――――
自恃をもって私は、むずかる特権を感じます。
かくて私には歌がのこった。
たった一つ、歌というがのこった。
※
私の歌を聴いてくれ。
(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)
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