中原中也/秋の詩名作コレクション33/ 別 離
別 離
さよなら、さよなら!
いろいろお世話になりました
いろいろお世話になりましたねえ
いろいろお世話になりました
さよなら、さよなら!
こんなに良いお天気の日に
お別れしてゆくのかと思うとほんとに辛い
こんなに良いお天気の日に
さよなら、さよなら!
僕、午睡(ひるね)から覚(さ)めてみると
みなさん家を空けておいでだった
あの時を妙に思い出します
さよなら、さよなら!
そして明日の今頃は
長の年月見馴れてる
故郷の土をば見ているのです
さよなら、さよなら!
あなたはそんなにパラソルを振る
僕にはあんまり眩(まぶ)しいのです
あなたはそんなにパラソルを振る
さよなら、さよなら!
さよなら、さよなら!
(一九三四・一一・一三)
2
僕、午睡から覚めてみると、
みなさん、家を空けておられた
あの時を、妙に、思い出します
日向ぼっこをしながらに、
爪摘(つめつ)んだ時のことも思い出します、
みんな、みんな、思い出します
芝庭のことも、思い出します
薄い陽の、物音のない昼下り
あの日、栗を食べたことも、思い出します
干された飯櫃(おひつ)がよく乾き
裏山に、烏(からす)が呑気(のんき)に啼いていた
ああ、あのときのこと、あのときのこと……
僕はなんでも思い出します
僕はなんでも思い出します
でも、わけても思い出すことは
わけても思い出すことは……
——いいえ、もうもう云えません
決して、それは、云わないでしょう
3
忘れがたない、虹と花、
忘れがたない、虹と花
虹と花、虹と花
どこにまぎれてゆくのやら
どこにまぎれてゆくのやら
(そんなこと、考えるの馬鹿)
その手、その脣(くち)、その唇(くちびる)の、
いつかは、消えて、ゆくでしょう
(霙(みぞれ)とおんなじことですよ)
あなたは下を、向いている
向いている、向いている
さも殊勝(しゅしょう)らしく向いている
いいえ、こういったからといって
なにも、怒(おこ)っているわけではないのです、
怒っているわけではないのです
忘れがたない虹と花、
虹と花、虹と花、
(霙(みぞれ)とおんなじことですよ)
4
何か、僕に、食べさして下さい。
何か、僕に、食べさして下さい。
‘きんとん’でもよい、何でもよい、
何か、僕に食べさして下さい!
いいえ、これは、僕の無理だ、
こんなに、野道を歩いていながら
野道に、食物(たべもの)、ありはしない。
ありません、ありはしません!
5
向うに、水車が、見えています、
苔むした、小屋の傍(そば)、
ではもう、此処(ここ)からお帰りなさい、お帰りなさい
僕は一人で、行けます、行けます、
僕は、何を云ってるのでしょう
いいえ、僕とて文明人らしく
もっと、他の話も、すれば出来た
いいえ、やっぱり、出来ません出来ません
(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)
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