中原中也/秋の詩名作コレクション55/米 子
米 子
二十八歳のその処女(むすめ)は、
肺病やみで、腓(ひ)は細かった。
ポプラのように、人も通らぬ
歩道に沿(そ)って、立っていた。
処女(むすめ)の名前は、米子(よねこ)と云(い)った。
夏には、顔が、汚れてみえたが、
冬だの秋には、きれいであった。
――かぼそい声をしておった。
二十八歳のその処女(むすめ)は、
お嫁に行けば、その病気は
癒(なお)るかに思われた。と、そう思いながら
私はたびたび処女(むすめ)をみた……
しかし一度も、そうと口には出さなかった。
別に、云(い)い出しにくいからというのでもない
云って却(かえ)って、落胆させてはと思ったからでもない、
なぜかしら、云わずじまいであったのだ。
二十八歳のその処女(むすめ)は、
歩道に沿って立っていた、
雨あがりの午後、ポプラのように。
――かぼそい声をもう一度、聞いてみたいと思うのだ……
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)
« 中原中也/秋の詩名作コレクション54/一つのメルヘン | トップページ | 中原中也/秋の詩名作コレクション56/暗い天候(二・三) »
「063中原中也の秋の詩/名作コレクション」カテゴリの記事
- 中原中也/秋の詩名作コレクション58/道化の臨終(Etude Dadaistique)(2019.11.16)
- 中原中也/秋の詩名作コレクション57/秋を呼ぶ雨(2019.11.13)
- 中原中也/秋の詩名作コレクション56/暗い天候(二・三)(2019.11.12)
- 中原中也/秋の詩名作コレクション55/米 子(2019.11.11)
- 中原中也/秋の詩名作コレクション54/一つのメルヘン(2019.11.10)
« 中原中也/秋の詩名作コレクション54/一つのメルヘン | トップページ | 中原中也/秋の詩名作コレクション56/暗い天候(二・三) »
コメント