中原中也/秋の詩名作コレクション47/ 老いたる者をして
老いたる者をして
――「空しき秋」第十二――
老(お)いたる者をして静謐(せいひつ)の裡(うち)にあらしめよ
そは彼等(かれら)こころゆくまで悔(く)いんためなり
吾(われ)は悔いんことを欲(ほっ)す
こころゆくまで悔ゆるは洵(まこと)に魂(たま)を休むればなり
ああ はてしもなく涕(な)かんことこそ望ましけれ
父も母も兄弟(はらから)も友も、はた見知らざる人々をも忘れて
東明(しののめ)の空の如(ごと)く丘々をわたりゆく夕べの風の如く
はたなびく小旗(こばた)の如く涕かんかな
或(ある)はまた別れの言葉の、こだまし、雲に入(い)り、野末(のずえ)にひびき
海の上(へ)の風にまじりてとことわに過ぎゆく如く……
反 歌
ああ 吾等怯懦(われらきょうだ)のために長き間(あいだ)、いとも長き間
徒(あだ)なることにかからいて、涕くことを忘れいたりしよ、げに忘れいたりしよ……
〔空しき秋二十数篇は散佚(さんいつ)して今はなし。その第十二のみ、諸井三郎の作曲に
よりて残りしものなり。〕
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。原詩の傍点は、‘ ’で示しました。)
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