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2019年12月

2019年12月31日 (火)

中原中也・朝の詩の名作28/朝(雀の声が鳴きました)

 

雀の声が鳴きました

雨のあがった朝でした

お葱(ねぎ)が欲しいと思いました

 

ポンプの音がしていました

頭はからっぽでありました

何を悲しむのやら分りませんが、

心が泣いておりました

 

遠い遠い物音を

多分は汽車の汽笛(きてき)の音に

頼みをかけるよな心持

 

心が泣いておりました

寒い空に、油煙(ゆえん)まじりの

煙が吹かれているように

焼木杭(やけぼっくい)や霜(しも)のよう僕の心は泣いていた

 

                             (一九三四・四・二二)

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

 

 

 

2019年12月30日 (月)

中原中也・朝の詩の名作27/夜明け

夜明け

 

夜明けが来た。雀の声は生唾液(なまつばき)に似ていた。

水仙(すいせん)は雨に濡(ぬ)れていようか? 水滴を付けて耀(かがや)いていようか?

出て、それを見ようか? 人はまだ、誰も起きない。

鶏(にわとり)が、遠くの方で鳴いている。――あれは悲しいので鳴くのだろうか?

声を張上げて鳴いている。――井戸端(いどばた)はさぞや、睡気(ねむけ)にみちているであろう。

 

槽(おけ)は井戸蓋の上に、倒(さかし)まに置いてあるであろう。

御影石(みかげいし)の井戸側は、言問いたげであるだろう。

苔(こけ)は蔭(かげ)の方から、案外に明るい顔をしているだろう。

御影石は、雨に濡れて、顕心的(けんしんてき)であるだろう。

 

鶏(とり)の声がしている。遠くでしている。人のような声をしている。

 

おや、焚付(たきつけ)の音がしている。――起きたんだな――

新聞投込む音がする。牛乳車(ぐるま)の音がする。

《えー……今日はあれとあれとあれと……?………》

脣(くち)が力を持ってくる。おや、烏(からす)が鳴いて通る。

 

                       (一九三四・四・二二)

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

 


2019年12月29日 (日)

中原中也・朝の詩の名作26/朝(雀が鳴いている)

雀が鳴いている
朝日が照っている
私は椿(つばき)の葉を想う

雀が鳴いている
起きよという
だがそんなに直(す)ぐは起きられようか
私は潅木林(かんぼくばやし)の中を
走り廻(まわ)る夢をみていたんだ

恋人よ、親達に距(へだ)てられた私の恋人、
君はどう思うか……
僕は今でも君を懐しい、懐しいものに思う

雀が鳴いている
朝日が照っている
私は椿の葉を想う

雀が鳴いている
起きよという
だがそんなに直ぐは起きられようか
私は潅木林の中を
走り廻る夢をみていたんだ

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2019年12月28日 (土)

中原中也・朝の詩の名作25/朝

 

かがやかしい朝よ、

紫の、物々の影よ、

つめたい、朝の空気よ、

灰色の、甍(いらか)よ、

水色の、空よ、

風よ!

 

なにか思い出せない……

大切な、こころのものよ、

底の方でか、遥(はる)か上方でか、

今も鳴る、失(な)くした笛よ、

その笛、短くはなる、

短く!

 

風よ!

水色の、空よ、

灰色の、甍よ、

つめたい、朝の空気よ、

かがやかしい朝

紫の、物々の影よ……

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

 

 

 

2019年12月27日 (金)

中原中也・朝の詩の名作24/怠 惰

怠 惰
夏の朝よ、蝉(せみ)よ、
砂に照りつける陽よ……
燃えている空よ!
今日は誰も泳いでいない、
赤痢患者でもあったんだろう?
海は空しく光っている。――風よ……
叔父さんは僕にいうのだ
「早く持ったほうがいいぜ、
独り者が碌(ろく)なことを考えはせぬ。」
それどころか、……夏の朝よ、蝉よ、
むこうにみえる、海よ、
僕は寝ころびたいのだよ、
目をつむって蝉が聞いていたい!――森の方……
                                             (一九三三・八・一〇)
(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

2019年12月26日 (木)

中原中也・朝の詩の名作23/(風が吹く、冷たい風は)

(風が吹く、冷たい風は)

       ▲

風が吹く、冷たい風は
窓の硝子(ガラス)に蒸気を凍りつかせ
それを透かせてぼんやりと
遠くの山が見えまする汽車の朝

僕の希望も悔恨も
もう此処(ここ)までは従(つ)いて来ぬ
僕は手ぶらで走りゆく
胸平板(むねへいばん)のうれしさよ

昨日は何をしたろうか日々何をしていたろうか
皆目僕は知りはせぬ
胸平板のうれしさよ

(汽車が小さな駅に着いて、散水車がチョコナンとあることは、
小倉(こくら)服の駅員が寒そうであることは、幻燈風景
七里結界に係累はないんだ)

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2019年12月25日 (水)

中原中也・朝の詩の名作22/小 唄

小 唄

僕は知ってる煙(けむ)が立つ
 三原山には煙が立つ

行ってみたではないけれど
 雪降り積った朝(あした)には

寝床の中で呆然(ぼうぜん)と
 煙草くゆらせ僕思う

三原山には煙が立つ
 三原山には煙が立つ

                     (一九三三.二.一七)

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2019年12月24日 (火)

中原中也・朝の詩の名作21/秋になる朝

秋になる朝

たったこの間まで、四時には明るくなったのが
五時になってもまだ暗い、秋来る頃の
あの頃のひきあけ方のかなしさよ。
ほのしらむ、稲穂にとんぼとびかよい
何事もなかったかのよう百姓は
朝露に湿った草鞋(わらじ)踏みしめて。

僕達はまだ睡(ねむ)い、睡気で頭がフラフラだ、それなのに
涼風は、おまえの瞳をまばたかせ、あの頃の涼風は
とうもろこしの葉やおまえの指股に浮かぶ汗の味がする
やがて工場の煙突は、朝空に、ばらの煙をあげるのだ。

恋人よ、あの頃の朝の涼風は、
とうもろこしの葉やおまえの指股に浮かぶ汗の匂いがする
そうして僕は思うのだ、希望は去った、……忍従(にんじゅう)が残る。
忍従が残る、忍従が残ると。

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2019年12月23日 (月)

中原中也・朝の詩の名作20/幻 想

幻 想

何時(いつ)かまた郵便屋は来るでしょう。
街の蔭った、秋の日でしょう、

あなたはその手紙を読むでしょう
肩掛をかけて、読むでしょう

窓の外を通る未亡人達は、
あなたに不思議に見えるでしょう。

その女達に比べれば、
あなた自身はよっぽど幸福に思えるでしょう。

そして喜んで、あなたはあなたの悩みを悩むでしょう
人々はそのあなたを、すがすがしくは思うでしょう

けれどもそれにしても、あなたの傍(そば)の卓子(テーブル)の上にある
手套(てぶくろ)はその時、どんなに蒼ざめているでしょう

乳母車を輓(ひ)け、
紙製の風車を附(つ)けろ、
郊外に出ろ、
墓参りをしろ。

ブルターニュの町で、
秋のとある日、
窓硝子(まどガラス)はみんな割れた。

石畳(いしだたみ)は、乙女の目の底に
忘れた過去を偲(しの)んでいた、
ブルターニュの町に辞書はなかった。

市場通いの手籠(てかご)が唄う
夕(ゆうべ)の日蔭の中にして、
歯槽膿漏(しそうのうろう)たのもしや、
 女はみんな瓜(うり)だなも。

瓜は腐りが早かろう、
そんなものならわしゃ嫌い、
歯槽膿漏さながらに
 女はみんな瓜だなも。

雨降れ、
瓜の肌には冷たかろ。
空が曇って町曇り、
歴史が逆転はじめるだろ。

祖父(じい)さん祖母(ばあ)さんいた頃の、
影象レコード廻るだろ
肌は冷たく、目は大きく
相寄る魂いじらしく

オルガンのようになれよかし
愛嬌なんかはもうたくさん
胸掻き乱さず生きよかし
雨降れ、雨降れ、しめやかに。

昨日は雨でしたが今日は晴れました。
女はばかに気取っていました。
  昨日悄気(しょげ)たの取返しに。

罪のないことです、
さも強そうに、産業館に這入(はい)ってゆきます、
  要らない品物一つ買うために。

僕は輪廻ししようと思ったのだが、
輪は僕が突き出す前に駆け出しました。
  好いお天気の朝でした。

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2019年12月22日 (日)

中原中也・朝の詩の名作19/死別の翌日

死別の翌日

生きのこるものはずうずうしく、
死にゆくものはその清純さを漂(ただよ)わせ
物云いたげな瞳を床にさまよわすだけで、
親を離れ、兄弟を離れ、
最初から独りであったもののように死んでゆく。

さて、今日は良いお天気です。
街の片側は翳(かげ)り、片側は日射しをうけて、あったかい
けざやかにもわびしい秋の午前です。
空は昨日までの雨に拭(ぬぐ)われて、すがすがしく、
それは海の方まで続いていることが分ります。

その空をみながら、また街の中をみながら、
歩いてゆく私はもはや此(こ)の世のことを考えず、
さりとて死んでいったもののことも考えてはいないのです。
みたばかりの死に茫然(ぼうぜん)として、
卑怯(ひきょう)にも似た感情を抱いて私は歩いていたと告白せねばなりません。

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2019年12月21日 (土)

中原中也・朝の詩の名作18/或る心の一季節――散文詩

或る心の一季節
――散文詩

最早(もはや)、あらゆるものが目を覚ました、黎明(れいめい)は来た。私の心の中に住む幾多のフェアリー達は、朝露の傍(そば)では草の葉っぱのすがすがしい線を描いた。

私は過去の夢を訝(いぶか)しげな眼で見返る………何故(ナニユエ)に夢であったかはまだ知らない。其処(そこ)に安座(あんざ)した大饒舌(だいじょうぜつ)で漸(ようや)く癒る程暑苦しい口腔(こうくう)を、又整頓を知らぬ口角を、樺色(かばいろ)の勝負部屋を、私は懐(なつか)しみを以(もっ)て心より胸にと汲(く)み出だす。だが次の瞬間に、私の心ははや、懐しみを棄てて慈(いつく)しみに変っている。これは如何(どう)したことだ?………けれども、私の心に今は残像に過ぎない、大饒舌で漸く癒る程暑苦しい口腔、整頓を知らぬ口角、樺色の勝負部屋……それ等の上にも、幸いあれ!幸いあれ!

併(しか)し此(こ)の願いは、卑屈(ひくつ)な生活の中では「ああ昇天は私に涙である」という、計(はか)らない、素気(すげ)なき呟(つぶや)きとなって出て来るのみだ。それは何故(なぜ)か?

私の過去の環境が、私に強請(きょうせい)した誤れる持物は、釈放さるべきアルコールの朝(アシタ)の海を昨日得ている。だが、それを得たる者の胸に訪れる筈(はず)の天使はまだ私の黄色の糜爛(びらん)の病床に来ては呉(く)れない。――(私は風車の上の空を見上げる)――私の唸(うめ)きは今や美(うる)わしく強き血漿(けっしょう)であるに、その最も親わしき友にも了解されずにいる。………

私はそれが苦しい。――「私は過去の夢を訝しげな眼で見返る………何故に夢であったかはまだ知らない。其処に安座した大饒舌で漸く癒る程暑苦しい口腔を、又整頓を知らぬ口角を、樺色の勝負部屋を、私は懐しみを以て心より胸にと汲み出す」――さればこそ私は恥辱を忘れることによっての自由を求めた。

友よ、それを徒(いたず)らな天真爛漫と見過(みあやま)るな。

だが、その自由の不快を、私は私の唯一つの仕事である散歩を、終日した後、やがてのこと己が机の前に帰って来、夜の一点を囲う生暖き部屋に、投げ出された自分の手足を見懸ける時に、泌々(しみじみ)知る。掛け置いた私の置時計の一秒々々の音に、茫然(ぼうぜん)耳をかしながら私は私の過去の要求の買い集めた書物の重なりに目を呉れる、又私の燈(ともしび)に向って瞼(まぶた)を見据える。

間もなく、疲労が軽く意識され始めるや、私は今日一日の巫戲(ふざ)けた自分の行蹟(ぎょうせき)の数々が、赤面と後悔を伴って私の心に蘇るのを感ずる。――まあ其処にある俺は、哄笑(こうしょう)と落胆との取留(とりとめ)なき混交(こんこう)の放射体ではなかったか!――だが併(しか)し、私のした私らしくない事も如何(いか)にか私の意図したことになってるのは不思議だ………「私の過去の環境が、私に強請した誤れる私の持物は、釈放さるべきアルコールの朝(アシタ)の海を昨日得ている。だが、それを得たる者の胸に訪れる筈の天使はまだ私の黄色の糜爛の病床に来ては呉れない。――(私は風車の上の空を見上げる)――私の唸きは今や美わしく強き血漿であるに、その最も親わしき友にも了解されずにいる」………そうだ、焦点の明確でないこと以外に、私は私に欠点を見出すことはもう出来ない。

私は友を訪れることを避けた。そして砂埃の立ち上がり巻き返る広場の縁をすぐって歩いた。
 今日もそれをした。そして今もう夜中が来ている。終列車を当てに停車場の待合室にチョコンと坐っている自分自身である。此所から二里近く離れた私の住居である一室は、夜空の下に細い赤い口をして待っているように思える――

私は夜、眠いリノリュームの、停車場の待合室では、沸き返る一抱きの蒸気釜を要求した。


(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2019年12月20日 (金)

中原中也・朝の詩の名作17/夏(僕は卓子の上に)

夏(僕は卓子の上に)

僕は卓子(テーブル)の上に、
ペンとインキと原稿紙のほかになんにも載せないで、
毎日々々、いつまでもジッとしていた。

いや、そのほかにマッチと煙草と、
吸取紙くらいは載っかっていた。
いや、時とするとビールを持って来て、
飲んでいることもあった。

戸外(そと)では蝉がミンミン鳴いていた
風は岩にあたって、ひんやりしたのがよく吹込んだ。
思いなく、日なく月なく時は過ぎ、

とある朝、僕は死んでいた。
卓子(テーブル)に載っていたわづかの品は、
やがて女中によって瞬く間に片附けられた。
──さっぱりとした。さっぱりとした。

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

 

2019年12月19日 (木)

中原中也・朝の詩の名作16/雨の朝

雨の朝

⦅麦湯(むぎゆ)は麦を、よく焦(こ)がした方がいいよ。⦆
⦅毎日々々、よく降りますですねえ。⦆
⦅インキはインキを、使ったらあと、栓(せん)をしとかなきゃいけない。⦆
⦅ハイ、皆さん大きい声で、一々(いんいち)が一……⦆
          上草履(うわぞうり)は冷え、
          バケツは雀の声を追想し、
          雨は沛然(はいぜん)と降っている。
⦅ハイ、皆さん御一緒に、一二(いんに)が二……⦆
          校庭は煙雨(けぶ)っている。
          ――どうして学校というものはこんなに静かなんだろう?
          ――家(うち)ではお饅(まん)じゅうが蒸(ふ)かせただろうか?
          ああ、今頃もう、家ではお饅じゅうが蒸かせただろうか?

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

 

2019年12月18日 (水)

中原中也・朝の詩の名作15/かなしみ

かなしみ

白き敷布のかなしさよ夏の朝明け、なほ仄暗(ほのぐら)い一室に、時計の音〈おと〉のしじにする。
目覚めたは僕の心の悲しみか、世に慾呆(よくぼ)けといふけれど、夢もなく手仕事もなく、何事もなくたゞ沈湎(ちんめん)の一色に打続く僕の心は、悲しみ呆けといふべきもの。
人笑ひ、人は囁き、人色々に言ふけれど、青い卵か僕の心、何かかはらうすべもなく、朝空よ! 汝(なれ)は知る僕の眼(まなこ)の一瞥(いちべつ)を。フリュートよ、汝(なれ)は知る、僕の心の悲しみを。
朝の巷(ちまた)や物音は、人の言葉は、真白き時計の文字板に、いたづらにわけの分らぬ条(すぢ)を引く。
半ば困乱(こんらん)しながらに、瞶(みは)る私の聴官よ、泌(し)みるごと物を覚えて、人竝(ひとなみ)に物え覚えぬ不安さよ、悲しみばかり藍(あい)の色、ほそぼそとながながと朝の野辺空の涯(はて)まで、うちつづくこの悲しみの、なつかしくはては不安に、幼な児ばかりいとほしくして、はやいかな生計(なりはひ)の力もあらず此の朝け、祈る祈りは朝空よ、野辺の草露、汝(なれ)等呼ぶ淡(あは)き声のみ、咽喉(のど)もとにかそかに消ゆる。

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

 

2019年12月17日 (火)

中原中也・朝の詩の名作14/秋を呼ぶ雨

秋を呼ぶ雨

   1

畳の上に、灰は撒(ま)き散らされてあったのです。
僕はその中に、蹲(うずく)まったり、坐(すわ)ったり、寝ころんだりしていたのです。
秋を告げる雨は、夜明け前に降り出して、
窓が白む頃、鶏の声はそのどしゃぶりの中に起ったのです。

僕は遠い海の上で、警笛(けいてき)を鳴らしている船を思い出したりするのでした。
その煙突は白く、太くって、傾いていて、
ふてぶてしくもまた、可憐(かれん)なものに思えるのでした。
沖の方の空は、煙っていて見えないで。

僕はもうへとへとなって、何一つしようともしませんでした。
純心な恋物語を読みながら、僕は自分に訊(たず)ねるのでした、
もしかばかりの愛を享(う)けたら、自分も再び元気になるだろうか?

かばかりの女の純情を享けたならば、自分にもまた希望は返って来るだろうか?
然(しか)し……と僕は思うのでした、おまえはもう女の愛にも動きはしまい、
おまえはもう、此(こ)の世のたよりなさに、いやという程やっつけられて了(しま)ったのだ!

   2

弾力も何も失(な)くなったこのような思いは、
それを告白してみたところで、つまらないものでした。
それを告白したからとて、さっぱりするというようなこともない、
それ程までに自分の生存はもう、けがらわしいものになっていたのです。

それが嘗(かつ)て欺(あざむ)かれたことの、私に残した灰燼(かいじん)のせいだと決ったところで、
僕はその欺かれたことを、思い出しても、はや憤(いきどお)りさえしなかったのです。
僕はただ淋しさと怖れとを胸に抱いて、
灰の撒き散らされた薄明(はくめい)の部屋の中にいるのでした。

そしてただ時々一寸(ちょっと)、こんなことを思い出すのでした。
それにしてもやさしくて、理不尽(りふじん)でだけはない自分の心には、
雨だって、もう少しは怡(たの)しく響いたってよかろう…………

それなのに、自分の心は、索然(さくぜん)と最後の壁の無味を甞(な)め、
死のうかと考えてみることもなく、いやはやなんとも
隠鬱(いんうつ)なその日その日を、糊塗(こと)しているにすぎないのでした。

   3

トタンは雨に洗われて、裏店の逞(たくま)しいおかみを想(おも)わせたりしました。
それは酸っぱく、つるつるとして、尤(もっと)も、意地悪でだけはないのでした。
雨はそのおかみのうちの、箒(ほうき)のように、だらだらと降続(ふりつづ)きました。
雨はだらだらと、だらだらと、だらだらと降続きました。

瓦(かわら)は不平そうでありました、含まれるだけの雨を含んで、
それは怒り易(やす)い老地主の、不平にも似ておりました。
それにしてもそれは、持って廻(まわ)った趣味なぞよりは、
傷(いた)み果てた私の心には、却(かえっ)て健康なものとして映るのでした。

もはや人の癇癖(かんぺき)なぞにも、まるで平気である程に僕は伸び朽(く)ちていたのです。
尤も、嘘だけは癪(しゃく)に障(さわ)るのでしたが…………
人の性向を撰択するなぞということももう、
早朝のビル街のように、何か兇悪(きょうあく)な逞(たくま)しさとのみ思えるのでした。

――僕は伸びきった、ゴムの話をしたのです。
だらだらと降る、微温(びおん)の朝の雨の話を。
ひえびえと合羽(かっぱ)に降り、甲板(デッキ)に降る雨の話なら、
せめてもまだ、爽々(すがすが)しい思いを抱かせるのに、なぞ思いながら。

   4

何処(どこ)まで続くのでしょう、この長い一本道は。
嘗(かつ)てはそれを、少しづつ片附(かたづ)けてゆくということは楽しみでした。
今や麦稈真田(ばっかんさなだ)を編(あ)むというそのような楽しみも
残ってはいない程、疲れてしまっているのです。

眠れば悪夢をばかりみて、
もしそれを同情してくれる人があるとしても、
その人に、済まないと感ずるくらいなものでした。
だって、自分で諦(あきら)めきっているその一本道…………。

つまり、あらゆる道徳(モラリテ)の影は、消えちまっていたのです。
墓石(ぼせき)のように灰色に、雨をいくらでも吸うその石のように、
だらだらとだらだらと、降続くこの不幸は、
もうやむものとも思えない、秋告げるこの朝の雨のように降るのでした。

   5

僕の心が、あの精悍(せいかん)な人々を見ないようにと、
そのような祈念(きねん)をしながら、僕は傘さして雨の中を歩いていた。

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

 

2019年12月16日 (月)

中原中也・朝の詩の名作13/閑 寂

閑 寂

なんにも訪(おとな)うことのない、
私の心は閑寂(かんじゃく)だ。

  それは日曜日の渡り廊下、
  ――みんなは野原へ行っちゃった。

板は冷たい光沢(つや)をもち、
小鳥は庭に啼いている。

  締めの足りない水道の、
  蛇口の滴(しずく)は、つと光り!

土は薔薇色(ばらいろ)、空には雲雀(ひばり)
空はきれいな四月です。

  なんにも訪(おとな)うことのない、
  私の心は閑寂だ。

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

 

中原中也・朝の詩の名作13/閑 寂

閑 寂

なんにも訪(おとな)うことのない、
私の心は閑寂(かんじゃく)だ。

  それは日曜日の渡り廊下、
  ――みんなは野原へ行っちゃった。

板は冷たい光沢(つや)をもち、
小鳥は庭に啼いている。

  締めの足りない水道の、
  蛇口の滴(しずく)は、つと光り!

土は薔薇色(ばらいろ)、空には雲雀(ひばり)
空はきれいな四月です。

  なんにも訪(おとな)うことのない、
  私の心は閑寂だ。

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

 

2019年12月15日 (日)

中原中也・朝の詩の名作12/冬の明け方

冬の明け方

残(のこ)んの雪が瓦(かわら)に少なく固く
枯木の小枝が鹿のように睡(ねむ)い、
冬の朝の六時
私の頭も睡い。

烏(からす)が啼(な)いて通る――
庭の地面も鹿のように睡い。
――林が逃げた農家が逃げた、
空は悲しい衰弱。
     私の心は悲しい……

やがて薄日(うすび)が射し
青空が開(あ)く。
上の上の空でジュピター神の砲(ひづつ)が鳴る。
――四方(よも)の山が沈み、

農家の庭が欠伸(あくび)をし、
道は空へと挨拶する。
     私の心は悲しい……

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

 

2019年12月13日 (金)

中原中也・朝の詩の名作11/春

春は土と草とに新しい汗をかかせる。
その汗を乾かそうと、雲雀(ひばり)は空に隲(あが)る。
瓦屋根(かわらやね)今朝不平がない、
長い校舎から合唱(がっしょう)は空にあがる。

ああ、しずかだしずかだ。
めぐり来た、これが今年の私の春だ。
むかし私の胸摶(う)った希望は今日を、
厳(いか)めしい紺青(こあお)となって空から私に降りかかる。

そして私は呆気(ほうけ)てしまう、バカになってしまう
――薮かげの、小川か銀か小波(さざなみ)か?
薮(やぶ)かげの小川か銀か小波か?

大きい猫が頸ふりむけてぶきっちょに
一つの鈴をころばしている、
一つの鈴を、ころばして見ている。

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

 

2019年12月12日 (木)

中原中也・朝の詩の名作10/青い瞳

青い瞳

     1 夏の朝 

かなしい心に夜(よ)が明けた、
  うれしい心に夜が明けた、
いいや、これはどうしたというのだ?
  さてもかなしい夜の明けだ!

青い瞳は動かなかった、
  世界はまだみな眠っていた、
そうして『その時』は過ぎつつあった、
  ああ、遐(とお)い遐いい話。

青い瞳は動かなかった、
  ――いまは動いているかもしれない……
青い瞳は動かなかった、
  いたいたしくて美しかった!

私はいまは此処(ここ)にいる、黄色い灯影(ほかげ)に。
  あれからどうなったのかしらない……
ああ、『あの時』はああして過ぎつつあった!
  碧(あお)い、噴き出す蒸気のように。

     2 冬の朝

それからそれがどうなったのか……
それは僕には分らなかった
とにかく朝霧罩(あさぎりこ)めた飛行場から
機影はもう永遠に消え去っていた。
あとには残酷な砂礫(されき)だの、雑草だの
頬(ほお)を裂(き)るような寒さが残った。
――こんな残酷な空寞(くうばく)たる朝にも猶(なお)
人は人に笑顔を以(もっ)て対さねばならないとは
なんとも情(なさけ)ないことに思われるのだったが
それなのに其処(そこ)でもまた
笑いを沢山湛(たた)えた者ほど
優越を感じているのであった。
陽(ひ)は霧(きり)に光り、草葉(くさは)の霜(しも)は解け、
遠くの民家に鶏(とり)は鳴いたが、
霧も光も霜も鶏も
みんな人々の心には沁(し)まず、
人々は家に帰って食卓についた。
  (飛行場に残ったのは僕、
  バットの空箱(から)を蹴(け)ってみる) 

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

 

2019年12月11日 (水)

中原中也・朝の詩の名作9/修羅街輓歌 関口隆克に

修羅街輓歌
       関口隆克に

   序 歌

忌(いま)わしい憶(おも)い出よ、
去れ! そしてむかしの
憐(あわれ)みの感情と
ゆたかな心よ、
返って来い!

  今日は日曜日
  椽側(えんがわ)には陽が当る。
  ――もういっぺん母親に連れられて
  祭の日には風船玉が買ってもらいたい、
  空は青く、すべてのものはまぶしくかがやかしかった……

     忌わしい憶い出よ、
     去れ!
        去れ去れ!

   Ⅱ 酔 生(すいせい)

私の青春も過ぎた、
――この寒い明け方の鶏鳴(けいめい)よ!
私の青春も過ぎた。

ほんに前後もみないで生きて来た……
私はあんまり陽気にすぎた?
――無邪気な戦士、私の心よ!

それにしても私は憎む、
対外意識にだけ生きる人々を。
――パラドクサルな人生よ。

いま茲(ここ)に傷つきはてて、
――この寒い明け方の鶏鳴よ!
おお、霜にしみらの鶏鳴よ……

   Ⅲ 独 語(どくご)

器(うつわ)の中の水が揺れないように、
器を持ち運ぶことは大切なのだ。
そうでさえあるならば
モーションは大きい程いい。

しかしそうするために、
もはや工夫を凝(こ)らす余地もないなら……
心よ、
謙抑(けんよく)にして神恵(しんけい)を待てよ。

   Ⅳ

いといと淡き今日の日は
雨蕭々(しょうしょう)と降り洒(そそ)ぎ
水より淡き空気にて
林の香りすなりけり。

げに秋深き今日の日は
石の響きの如(ごと)くなり。
思い出だにもあらぬがに
まして夢などあるべきか。

まことや我(われ)は石のごと
影の如くは生きてきぬ……
呼ばんとするに言葉なく
空の如くははてもなし。

それよかなしきわが心
いわれもなくて拳(こぶし)する
誰をか責むることかある?
せつなきことのかぎりなり。

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

 

中原中也・朝の詩の名作8/無 題

無 題

   Ⅰ

こい人よ、おまえがやさしくしてくれるのに、
私は強情だ。ゆうべもおまえと別れてのち、
酒をのみ、弱い人に毒づいた。今朝
目が覚めて、おまえのやさしさを思い出しながら
私は私のけがらわしさを歎(なげ)いている。そして
正体もなく、今茲(ここ)に告白をする、恥もなく、
品位もなく、かといって正直さもなく
私は私の幻想に駆られて、狂い廻(まわ)る。
人の気持ちをみようとするようなことはついになく、
こい人よ、おまえがやさしくしてくれるのに
私は頑(かたく)なで、子供のように我儘(わがまま)だった!
目が覚めて、宿酔(ふつかよい)の厭(いと)うべき頭の中で、
戸の外の、寒い朝らしい気配(けはい)を感じながら
私はおまえのやさしさを思い、また毒づいた人を思い出す。
そしてもう、私はなんのことだか分らなく悲しく、
今朝はもはや私がくだらない奴だと、自(みずか)ら信ずる!

   Ⅱ

彼女の心は真(ま)っ直(すぐ)い!
彼女は荒々しく育ち、
たよりもなく、心を汲(く)んでも
もらえない、乱雑な中に
生きてきたが、彼女の心は
私のより真っ直いそしてぐらつかない。

彼女は美しい。わいだめもない世の渦の中に
彼女は賢くつつましく生きている。
あまりにわいだめもない世の渦(うず)のために、
折(おり)に心が弱り、弱々しく躁(さわ)ぎはするが、
而(しか)もなお、最後の品位をなくしはしない
彼女は美しい、そして賢い!

甞(かつ)て彼女の魂が、どんなにやさしい心をもとめていたかは!
しかしいまではもう諦めてしまってさえいる。
我利(がり)々々で、幼稚な、獣(けもの)や子供にしか、
彼女は出遇(であ)わなかった。おまけに彼女はそれと識らずに、
唯(ただ)、人という人が、みんなやくざなんだと思っている。
そして少しはいじけている。彼女は可哀想(かわいそう)だ!

   Ⅲ

かくは悲しく生きん世に、なが心
かたくなにしてあらしめな。
われはわが、したしさにはあらんとねがえば
なが心、かたくなにしてあらしめな。

かたくなにしてあるときは、心に眼(まなこ)
魂に、言葉のはたらきあとを絶つ
なごやかにしてあらんとき、人みなは生れしながらの
うまし夢、またそがことわり分ち得ん。

おのが心も魂も、忘れはて棄て去りて
悪酔の、狂い心地に美を索(もと)む
わが世のさまのかなしさや、

おのが心におのがじし湧(わ)きくるおもいもたずして、
人に勝(まさ)らん心のみいそがわしき
熱を病(や)む風景ばかりかなしきはなし。

   Ⅳ

私はおまえのことを思っているよ。
いとおしい、なごやかに澄んだ気持の中に、
昼も夜も浸っているよ、
まるで自分を罪人ででもあるように感じて。

私はおまえを愛しているよ、精一杯だよ。
いろんなことが考えられもするが、考えられても
それはどうにもならないことだしするから、
私は身を棄ててお前に尽そうと思うよ。

またそうすることのほかには、私にはもはや
希望も目的も見出せないのだから
そうすることは、私に幸福なんだ。

幸福なんだ、世の煩(わずら)いのすべてを忘れて、
いかなることとも知らないで、私は
おまえに尽(つく)せるんだから幸福だ!
 
   Ⅴ 幸福

幸福は厩(うまや)の中にいる
藁(わら)の上に。
幸福は
和(なご)める心には一挙にして分る。

  頑(かたく)なの心は、不幸でいらいらして、
  せめてめまぐるしいものや
  数々のものに心を紛(まぎ)らす。
  そして益々(ますます)不幸だ。

幸福は、休んでいる
そして明らかになすべきことを
少しづつ持ち、
幸福は、理解に富んでいる。

  頑なの心は、理解に欠けて、
  なすべきをしらず、ただ利に走り、
  意気銷沈(いきしょうちん)して、怒りやすく、
  人に嫌われて、自(みずか)らも悲しい。

されば人よ、つねにまず従(したが)わんとせよ。
従いて、迎えられんとには非ず、
従うことのみ学びとなるべく、学びて
汝(なんじ)が品格を高め、そが働きの裕(ゆた)かとならんため!

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

 

2019年12月10日 (火)

中原中也・朝の詩の名作7/宿 酔

宿 酔

朝、鈍(にぶ)い日が照ってて
  風がある。
千の天使が
  バスケットボールする。

私は目をつむる、
  かなしい酔いだ。
もう不用になったストーヴが
  白っぽく銹(さ)びている。

朝、鈍い日が照ってて
  風がある。
千の天使が
  バスケットボールする。

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

 

中原中也・朝の詩の名作7/宿 酔

宿 酔

朝、鈍(にぶ)い日が照ってて
  風がある。
千の天使が
  バスケットボールする。

私は目をつむる、
  かなしい酔いだ。
もう不用になったストーヴが
  白っぽく銹(さ)びている。

朝、鈍い日が照ってて
  風がある。
千の天使が
  バスケットボールする。

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

 

2019年12月 9日 (月)

中原中也・朝の詩の名作6/港市の秋

港市の秋

石崖(いしがけ)に、朝陽が射して
秋空は美しいかぎり。
むこうに見える港は、
蝸牛(かたつむり)の角(つの)でもあるのか

町では人々煙管(キセル)の掃除(そうじ)。
甍(いらか)は伸びをし
空は割れる。
役人の休み日――どてら姿だ。

『今度生(うま)れたら……』
海員(かいいん)が唄(うた)う。
『ぎーこたん、ばったりしょ……』
狸婆々(たぬきばば)がうたう。

   港(みなと)の市(まち)の秋の日は、
   大人しい発狂。
   私はその日人生に、
   椅子(いす)を失くした。

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

 

2019年12月 8日 (日)

中原中也・朝の詩の名作5/悲しき朝

悲しき朝

河瀬(かわせ)の音が山に来る、
春の光は、石のようだ。
筧(かけい)の水は、物語る
白髪(しらが)の嫗(おうな)にさも肖(に)てる。

雲母(うんも)の口して歌ったよ、
背ろに倒れ、歌ったよ、
心は涸(か)れて皺枯(しわが)れて、
巌(いわお)の上の、綱渡り。

知れざる炎、空にゆき!

響(ひびき)の雨は、濡(ぬ)れ冠(かむ)る!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

われかにかくに手を拍く……

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

 

2019年12月 7日 (土)

中原中也・朝の詩の名作4/帰 郷

帰 郷

柱も庭も乾いている
今日は好(よ)い天気だ
  椽(えん)の下では蜘蛛の巣が
  心細そうに揺れている

山では枯木も息を吐(つ)く
ああ今日は好い天気だ
  路傍(みちばた)の草影が
  あどけない愁(かなし)みをする

これが私の故里(ふるさと)だ
さやかに風も吹いている
  心置(こころおき)なく泣かれよと
  年増婦(としま)の低い声もする

ああ おまえはなにをして来たのだと……
吹き来る風が私に云(い)う

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

 

2019年12月 6日 (金)

中原中也・朝の詩の名作3/秋の一日

秋の一日

こんな朝、遅く目覚める人達は
戸にあたる風と轍(わだち)との音によって、
サイレンの棲む海に溺れる。 

夏の夜の露店の会話と、
建築家の良心はもうない。
あらゆるものは古代歴史と
花崗岩(かこうがん)のかなたの地平の目の色。

今朝はすべてが領事館旗(りょうじかんき)のもとに従順で、
私は錫(しゃく)と広場と天鼓(てんこ)のほかのなんにも知らない。
軟体動物のしゃがれ声にも気をとめないで、
紫の蹲(しゃが)んだ影して公園で、乳児は口に砂を入れる。

    (水色のプラットホームと
    躁(はしゃ)ぐ少女と嘲笑(あざわら)うヤンキイは
    いやだ いやだ!)

ぽけっとに手を突込んで
路次(ろじ)を抜け、波止場(はとば)に出(い)でて
今日の日の魂に合う
布切屑(きれくず)をでも探して来よう。

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

 

2019年12月 5日 (木)

中原中也・朝の詩の名作2/臨 終

臨 終

秋空は鈍色(にびいろ)にして
黒馬(くろうま)の瞳のひかり
  水涸(か)れて落つる百合花(ゆりばな)
  ああ こころうつろなるかな

神もなくしるべもなくて
窓近く婦(おみな)の逝(ゆ)きぬ
  白き空盲(めし)いてありて
  白き風冷たくありぬ

窓際に髪を洗えば
その腕の優しくありぬ
  朝の日は澪(こぼ)れてありぬ
  水の音(おと)したたりていぬ

町々はさやぎてありぬ
子等(こら)の声もつれてありぬ
  しかはあれ この魂はいかにとなるか?
  うすらぎて 空となるか?

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

 

2019年12月 4日 (水)

中原中也・朝の詩の名作1/朝の歌

朝の歌

天井に 朱(あか)きいろいで
戸の隙(すき)を 洩(も)れ入(い)る光、
鄙(ひな)びたる 軍楽(ぐんがく)の憶(おも)い
手にてなす なにごともなし。

小鳥らの うたはきこえず
空は今日 はなだ色らし、
倦(う)んじてし 人のこころを
諫(いさ)めする なにものもなし。

樹脂の香(か)に 朝は悩まし
うしないし さまざまのゆめ、
森竝(もりなみ)は 風に鳴るかな

ひろごりて たいらかの空、
土手づたい きえてゆくかな
うつくしき さまざまの夢。

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

 

2019年12月 1日 (日)

中原中也・雨の詩の名作14/一夜分の歴史

一夜分の歴史

その夜は雨が、泣くように降っていました。
瓦はバリバリ、煎餅かなんぞのように、
割れ易いものの音を立てていました。
梅の樹に溜った雨滴(しずく)は、風が襲(おそ)うと、
他の樹々のよりも荒っぽい音で、
庭土の上に落ちていました。
コーヒーに少し砂糖を多い目に入れ、
ゆっくりと掻き混ぜて、さてと私は飲むのでありました。

と、そのような一夜が在ったということ、
明らかにそれは私の境涯(きょうがい)の或る一頁(いちページ)であり、
それを記憶するものはただこの私だけであり、
その私も、やがては死んでゆくということ、
それは分り切ったことながら、また驚くべきことであり、
而(しか)も驚いたって何の足しにもならぬということ……
――雨は、泣くように降っていました。
梅の樹に溜った雨滴(しずく)は、他の樹々に溜ったのよりも、
風が吹くたび、荒っぽい音を立てて落ちていました。

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

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