中原中也・朝の詩の名作27/夜明け
夜明け
夜明けが来た。雀の声は生唾液(なまつばき)に似ていた。
水仙(すいせん)は雨に濡(ぬ)れていようか? 水滴を付けて耀(かがや)いていようか?
出て、それを見ようか? 人はまだ、誰も起きない。
鶏(にわとり)が、遠くの方で鳴いている。――あれは悲しいので鳴くのだろうか?
声を張上げて鳴いている。――井戸端(いどばた)はさぞや、睡気(ねむけ)にみちているであろう。
槽(おけ)は井戸蓋の上に、倒(さかし)まに置いてあるであろう。
御影石(みかげいし)の井戸側は、言問いたげであるだろう。
苔(こけ)は蔭(かげ)の方から、案外に明るい顔をしているだろう。
御影石は、雨に濡れて、顕心的(けんしんてき)であるだろう。
鶏(とり)の声がしている。遠くでしている。人のような声をしている。
おや、焚付(たきつけ)の音がしている。――起きたんだな――
新聞投込む音がする。牛乳車(ぐるま)の音がする。
《えー……今日はあれとあれとあれと……?………》
脣(くち)が力を持ってくる。おや、烏(からす)が鳴いて通る。
(一九三四・四・二二)
(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)
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