中原中也・朝の詩の名作9/修羅街輓歌 関口隆克に
修羅街輓歌
関口隆克に
序 歌
忌(いま)わしい憶(おも)い出よ、
去れ! そしてむかしの
憐(あわれ)みの感情と
ゆたかな心よ、
返って来い!
今日は日曜日
椽側(えんがわ)には陽が当る。
――もういっぺん母親に連れられて
祭の日には風船玉が買ってもらいたい、
空は青く、すべてのものはまぶしくかがやかしかった……
忌わしい憶い出よ、
去れ!
去れ去れ!
Ⅱ 酔 生(すいせい)
私の青春も過ぎた、
――この寒い明け方の鶏鳴(けいめい)よ!
私の青春も過ぎた。
ほんに前後もみないで生きて来た……
私はあんまり陽気にすぎた?
――無邪気な戦士、私の心よ!
それにしても私は憎む、
対外意識にだけ生きる人々を。
――パラドクサルな人生よ。
いま茲(ここ)に傷つきはてて、
――この寒い明け方の鶏鳴よ!
おお、霜にしみらの鶏鳴よ……
Ⅲ 独 語(どくご)
器(うつわ)の中の水が揺れないように、
器を持ち運ぶことは大切なのだ。
そうでさえあるならば
モーションは大きい程いい。
しかしそうするために、
もはや工夫を凝(こ)らす余地もないなら……
心よ、
謙抑(けんよく)にして神恵(しんけい)を待てよ。
Ⅳ
いといと淡き今日の日は
雨蕭々(しょうしょう)と降り洒(そそ)ぎ
水より淡き空気にて
林の香りすなりけり。
げに秋深き今日の日は
石の響きの如(ごと)くなり。
思い出だにもあらぬがに
まして夢などあるべきか。
まことや我(われ)は石のごと
影の如くは生きてきぬ……
呼ばんとするに言葉なく
空の如くははてもなし。
それよかなしきわが心
いわれもなくて拳(こぶし)する
誰をか責むることかある?
せつなきことのかぎりなり。
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)
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