中原中也・朝の詩の名作20/幻 想
幻 想
1
何時(いつ)かまた郵便屋は来るでしょう。
街の蔭った、秋の日でしょう、
あなたはその手紙を読むでしょう
肩掛をかけて、読むでしょう
窓の外を通る未亡人達は、
あなたに不思議に見えるでしょう。
その女達に比べれば、
あなた自身はよっぽど幸福に思えるでしょう。
そして喜んで、あなたはあなたの悩みを悩むでしょう
人々はそのあなたを、すがすがしくは思うでしょう
けれどもそれにしても、あなたの傍(そば)の卓子(テーブル)の上にある
手套(てぶくろ)はその時、どんなに蒼ざめているでしょう
2
乳母車を輓(ひ)け、
紙製の風車を附(つ)けろ、
郊外に出ろ、
墓参りをしろ。
3
ブルターニュの町で、
秋のとある日、
窓硝子(まどガラス)はみんな割れた。
石畳(いしだたみ)は、乙女の目の底に
忘れた過去を偲(しの)んでいた、
ブルターニュの町に辞書はなかった。
4
市場通いの手籠(てかご)が唄う
夕(ゆうべ)の日蔭の中にして、
歯槽膿漏(しそうのうろう)たのもしや、
女はみんな瓜(うり)だなも。
瓜は腐りが早かろう、
そんなものならわしゃ嫌い、
歯槽膿漏さながらに
女はみんな瓜だなも。
5
雨降れ、
瓜の肌には冷たかろ。
空が曇って町曇り、
歴史が逆転はじめるだろ。
祖父(じい)さん祖母(ばあ)さんいた頃の、
影象レコード廻るだろ
肌は冷たく、目は大きく
相寄る魂いじらしく
オルガンのようになれよかし
愛嬌なんかはもうたくさん
胸掻き乱さず生きよかし
雨降れ、雨降れ、しめやかに。
6
昨日は雨でしたが今日は晴れました。
女はばかに気取っていました。
昨日悄気(しょげ)たの取返しに。
罪のないことです、
さも強そうに、産業館に這入(はい)ってゆきます、
要らない品物一つ買うために。
僕は輪廻ししようと思ったのだが、
輪は僕が突き出す前に駆け出しました。
好いお天気の朝でした。
(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)
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