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2020年1月 9日 (木)

中原中也・夕(ゆうべ)の詩コレクション8/秋

 

   1

 

昨日まで燃えていた野が

今日茫然として、曇った空の下につづく。

一雨毎(ひとあめごと)に秋になるのだ、と人は云(い)う

秋蝉(あきぜみ)は、もはやかしこに鳴いている、

草の中の、ひともとの木の中に。

 

僕は煙草(たばこ)を喫(す)う。その煙が

澱(よど)んだ空気の中をくねりながら昇る。

地平線はみつめようにもみつめられない

陽炎(かげろう)の亡霊達が起(た)ったり坐(すわ)ったりしているので、

――僕は蹲(しゃが)んでしまう。

 

鈍い金色を滞びて、空は曇っている、――相変らずだ、――

とても高いので、僕は俯(うつむ)いてしまう。

僕は倦怠(けんたい)を観念して生きているのだよ、

煙草の味が三通(みとお)りくらいにする。

死ももう、とおくはないのかもしれない……

 

   2

 

『それではさよならといって、

みょうに真鍮(しんちゅう)の光沢かなんぞのような笑(えみ)を湛(たた)えて彼奴(あいつ)は、

あのドアの所を立ち去ったのだったあね。

あの笑いがどうも、生きてる者のようじゃあなかったあね。

 

彼奴(あいつ)の目は、沼の水が澄(す)んだ時かなんかのような色をしてたあね。

話してる時、ほかのことを考えているようだったあね。

短く切って、物を云うくせがあったあね。

つまらない事を、細かく覚えていたりしたあね。』

 

『ええそうよ。――死ぬってことが分っていたのだわ?

星をみてると、星が僕になるんだなんて笑ってたわよ、たった先達(せんだって)よ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

たった先達よ、自分の下駄(げた)を、これあどうしても僕のじゃないっていうのよ。』

 

   3

 

草がちっともゆれなかったのよ、

その上を蝶々(ちょうちょう)がとんでいたのよ。

浴衣(ゆかた)を着て、あの人縁側に立ってそれを見てるのよ。

あたしこっちからあの人の様子 見てたわよ。

あの人ジッと見てるのよ、黄色い蝶々を。

お豆腐屋の笛が方々(ほうぼう)で聞えていたわ、

あの電信柱が、夕空にクッキリしてて、

――僕、ってあの人あたしの方を振向(ふりむ)くのよ、

昨日三十貫(かん)くらいある石をコジ起しちゃった、ってのよ。

――まあどうして、どこで?ってあたし訊いたのよ。

するとね、あの人あたしの目をジッとみるのよ、

怒ってるようなのよ、まあ……あたし怖かったわ。

 

死ぬまえってへんなものねえ……

 

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

 

 

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