中原中也・朝の詩の名作29/春の消息
春の消息
生きているのは喜びなのか
生きているのは悲みなのか
どうやら僕には分らなんだが
僕は街なぞ歩いていました
店舗(てんぽ)々々に朝陽はあたって
淡い可愛いい物々の蔭影(かげ)
僕はそれでも元気はなかった
どうやら 足引摺(ひきず)って歩いていました
生きているのは喜びなのか
生きているのは悲みなのか
こんな思いが浮かぶというのも
ただただ衰弱(よわっ)ているせいだろか?
それとももともとこれしきなのが
人生というものなのだろうか?
尤(もっと)も分ったところでどうさえ
それがどうにもなるものでもない
こんな気持になったらなったで
自然にしているよりほかもない
そうと思えば涙がこぼれる
なんだか知らねえ涙がこぼれる
悪く思って下さいますな
僕はこんなに怠け者
(一九三五・四・二四)
(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)
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