中原中也・夕(ゆうべ)の詩コレクション19/言葉なき歌
言葉なき歌
あれはとおいい処(ところ)にあるのだけれど
おれは此処(ここ)で待っていなくてはならない
此処は空気もかすかで蒼(あお)く
葱(ねぎ)の根のように仄(ほの)かに淡(あわ)い
決して急いではならない
此処で十分待っていなければならない
処女(むすめ)の眼(め)のように遥(はる)かを見遣(みや)ってはならない
たしかに此処で待っていればよい
それにしてもあれはとおいい彼方(かなた)で夕陽にけぶっていた
号笛(フィトル)の音(ね)のように太くて繊弱(せんじゃく)だった
けれどもその方へ駆け出してはならない
たしかに此処で待っていなければならない
そうすればそのうち喘(あえ)ぎも平静に復し
たしかにあすこまでゆけるに違いない
しかしあれは煙突の煙のように
とおくとおく いつまでも茜(あかね)の空にたなびいていた
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)
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