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2020年1月21日 (火)

中原中也・夕(ゆうべ)の詩コレクション19/言葉なき歌

言葉なき歌

 

あれはとおいい処(ところ)にあるのだけれど

おれは此処(ここ)で待っていなくてはならない

此処は空気もかすかで蒼(あお)く

葱(ねぎ)の根のように仄(ほの)かに淡(あわ)い

 

決して急いではならない

此処で十分待っていなければならない

処女(むすめ)の眼(め)のように遥(はる)かを見遣(みや)ってはならない

たしかに此処で待っていればよい

 

それにしてもあれはとおいい彼方(かなた)で夕陽にけぶっていた

号笛(フィトル)の音(ね)のように太くて繊弱(せんじゃく)だった

けれどもその方へ駆け出してはならない

たしかに此処で待っていなければならない

 

そうすればそのうち喘(あえ)ぎも平静に復し

たしかにあすこまでゆけるに違いない

しかしあれは煙突の煙のように

とおくとおく いつまでも茜(あかね)の空にたなびいていた

 

(「新編中原中也全集」第1巻・詩より。新かなに変えてあります。)

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