中原中也・夕(ゆうべ)の詩コレクション25/郵便局
郵便局
私は今日郵便局のような、ガランとした所で遊んで来たい。それは今日のお午(ひる)からが小春日和(こはるびより)で、私が今欲しているものといったらみたところ冷たそうな、板の厚い卓子(テーブル)と、シガーだけであるから。おおそれから、最も単純なことを、毎日繰返している局員の横顔!――それをしばらくみていたら、きっと私だって「何かお手伝いがあれば」と、一寸(ちょっと)口からシガーを外して云(い)ってみる位な気軽な気持になるだろう。局員がクスリと笑いながら、でも忙しそうに、言葉をかけた私の方を見向きもしないで事務を取りつづけていたら、そしたら私は安心して自分の椅子に返って来て、向(むこ)うの壁の高い所にある、ストーブの煙突孔(えんとつこう)でも眺めながら、椅子の背にどっかと背中を押し付けて、二服(ふたふく)ほどは特別ゆっくり吹かせばよいのである。
すっかり好(い)い気持になってる中に、日暮(ひぐれ)は近づくだろうし、ポケットのシガーも尽きよう。局員等(ら)の、機械的な表情も段々に薄らぐだろう。彼等(かれら)の頭の中に各々(めいめい)の家の夕飯仕度(ゆうはんじたく)の有様(ありさま)が、知らず知らずに湧(わ)き出すであろうから。
さあ彼等の他方見(よそみ)が始まる。そこで私は帰らざなるまい。
帰ってから今日の日の疲れを、ジックリと覚えなければならない私は、わが部屋とわが机に対し、わが部屋わが机特有の厭悪(えんお)をも覚えねばなるまい……。ああ、何か好い方法はないか?――そうだ、手をお医者さんの手のようにまで、浅い白い洗面器で洗い、それからカフスを取換えること!
それから、暖簾(のれん)に夕風のあたるところを胸に浮(うか)べながら、食堂に行くとするであろう……
(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)
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