中原中也・夕(ゆうべ)の詩コレクション48/(なんにも書かなかったら)
(なんにも書かなかったら)
なんにも書かなかったら
みんな書いたことになった
覚悟を定めてみれば、
此の世は平明なものだった
夕陽に向って、
野原に立っていた。
まぶしくなると、
また歩み出した。
何をくよくよ、
川端やなぎ、だ……
土手の柳を、
見て暮らせ、よだ
(一九三四・一二・二九)
2
開いて、いるのは、
あれは、花かよ?
何の、花か、よ?
薔薇(ばら)の、花じゃろ。
しんなり、開いて、
こちらを、向いてる。
蜂だとて、いぬ、
小暗い、小庭に。
ああ、さば、薔薇(そうび)よ、
物を、云ってよ、
物をし、云えば、
答えよう、もの。
答えたらさて、
もっと、開(さ)こうか?
答えても、なお、
ジット、そのまま?
3
鏡の、ような、澄んだ、心で、
私も、ありたい、ものです、な。
鏡の、ように、澄んだ、心で、
私も、ありたい、ものです、な。
鏡は、まっしろ、斜(はす)から、見ると、
鏡は、底なし、まむきに、見ると。
鏡、ましろで、私をおどかし、
鏡、底なく、私を、うつす。
私を、おどかし、私を、浄め、
私を、うつして、私を、和ます。
鏡、よいもの、机の、上に、
一つし、あれば、心、和ます。
ああわれ、一と日、鏡に、向い、
唾、吐いたれや、さっぱり、したよ。
唾、吐いたれあ、さっぱり、したよ、
何か、すまない、気持も、したが。
鏡、許せよ、悪気は、ないぞ、
ちょいと、いたずら、してみたサァ。
(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)
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