中原中也・夜の詩コレクション29/わが半生
わが半生
私は随分苦労して来た。
それがどうした苦労であったか、
語ろうなぞとはつゆさえ思わぬ。
またその苦労が果して価値の
あったものかなかったものか、
そんなことなぞ考えてもみぬ。
とにかく私は苦労して来た。
苦労して来たことであった!
そして、今、此処(ここ)、机の前の、
自分を見出(みいだ)すばっかりだ。
じっと手を出し眺(なが)めるほどの
ことしか私は出来ないのだ。
外では今宵(こよい)、木の葉がそよぐ。
はるかな気持の、春の宵だ。
そして私は、静かに死ぬる、
坐ったまんまで、死んでゆくのだ。
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)
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