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2020年4月25日 (土)

中原中也・夜の詩コレクション25/初夏の夜

初夏の夜

 

また今年(こんねん)も夏が来て、

夜は、蒸気(じょうき)で出来た白熊が、

沼をわたってやってくる。

――色々のことがあったんです。

色々のことをして来たものです。

嬉(うれ)しいことも、あったのですが、

回想されては、すべてがかなしい

鉄製の、軋音(あつおん)さながら

なべては夕暮迫(せま)るけはいに

幼年も、老年も、青年も壮年も、

共々に余りに可憐(かれん)な声をばあげて、

薄暮の中で舞う蛾(が)の下で

はかなくも可憐な顎をしているのです。

されば今夜(こんや)六月の良夜(あたらよ)なりとはいえ、

遠いい物音が、心地よく風に送られて来るとはいえ、

なにがなし悲しい思いであるのは、

消えたばかしの鉄橋の響音(きょうおん)、

大河(おおかわ)の、その鉄橋の上方に、空はぼんやりと石盤色(せきばんいろ)であるのです。

 

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

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