中原中也・夜の詩コレクション25/初夏の夜
初夏の夜
また今年(こんねん)も夏が来て、
夜は、蒸気(じょうき)で出来た白熊が、
沼をわたってやってくる。
――色々のことがあったんです。
色々のことをして来たものです。
嬉(うれ)しいことも、あったのですが、
回想されては、すべてがかなしい
鉄製の、軋音(あつおん)さながら
なべては夕暮迫(せま)るけはいに
幼年も、老年も、青年も壮年も、
共々に余りに可憐(かれん)な声をばあげて、
薄暮の中で舞う蛾(が)の下で
はかなくも可憐な顎をしているのです。
されば今夜(こんや)六月の良夜(あたらよ)なりとはいえ、
遠いい物音が、心地よく風に送られて来るとはいえ、
なにがなし悲しい思いであるのは、
消えたばかしの鉄橋の響音(きょうおん)、
大河(おおかわ)の、その鉄橋の上方に、空はぼんやりと石盤色(せきばんいろ)であるのです。
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)
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