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2020年4月10日 (金)

中原中也・夜の詩コレクション10/心 象

心 象

 

   Ⅰ

 

松の木に風が吹き、

踏む砂利(じゃり)の音は寂しかった。

暖い風が私の額を洗い

思いははるかに、なつかしかった。

 

腰をおろすと、

浪(なみ)の音がひときわ聞えた。

星はなく

空は暗い綿(わた)だった。

 

とおりかかった小舟の中で

船頭(せんどう)がその女房に向って何かを云(い)った。

――その言葉は、聞きとれなかった。

 

浪の音がひときわきこえた。

 

   Ⅱ

 

亡(ほろ)びたる過去のすべてに

涙湧(わ)く。

城の塀乾きたり

風の吹く

 

草靡く

丘を越え、野を渉(わた)り

憩(いこ)いなき

白き天使のみえ来ずや

 

あわれわれ死なんと欲(ほっ)す、

あわれわれ生きんと欲す

あわれわれ、亡びたる過去のすべてに

 

涙湧く。

み空の方より、

風の吹く

 

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

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