中原中也・夜の詩コレクション10/心 象
心 象
Ⅰ
松の木に風が吹き、
踏む砂利(じゃり)の音は寂しかった。
暖い風が私の額を洗い
思いははるかに、なつかしかった。
腰をおろすと、
浪(なみ)の音がひときわ聞えた。
星はなく
空は暗い綿(わた)だった。
とおりかかった小舟の中で
船頭(せんどう)がその女房に向って何かを云(い)った。
――その言葉は、聞きとれなかった。
浪の音がひときわきこえた。
Ⅱ
亡(ほろ)びたる過去のすべてに
涙湧(わ)く。
城の塀乾きたり
風の吹く
草靡く
丘を越え、野を渉(わた)り
憩(いこ)いなき
白き天使のみえ来ずや
あわれわれ死なんと欲(ほっ)す、
あわれわれ生きんと欲す
あわれわれ、亡びたる過去のすべてに
涙湧く。
み空の方より、
風の吹く
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)
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