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2020年4月23日 (木)

中原中也・夜の詩コレクション23/冬の夜

冬の夜

 

みなさん今夜は静かです

薬鑵(やかん)の音がしています

僕は女を想(おも)ってる

僕には女がないのです

 

それで苦労もないのです

えもいわれない弾力の

空気のような空想に

女を描(えが)いてみているのです

 

えもいわれない弾力の

澄み亙(わた)ったる夜(よ)の沈黙(しじま)

薬鑵の音を聞きながら

女を夢みているのです

 

かくて夜(よ)は更(ふ)け夜は深まって

犬のみ覚めたる冬の夜は

影と煙草と僕と犬

えもいわれないカクテールです

 

   2

 

空気よりよいものはないのです

それも寒い夜の室内の空気よりもよいものはないのです

煙よりよいものはないのです

煙より 愉快なものもないのです

やがてはそれがお分りなのです

同感なさる時が 来るのです

 

空気よりよいものはないのです

寒い夜の痩せた年増女(としま)の手のような

その手の弾力のような やわらかい またかたい

かたいような その手の弾力のような

煙のような その女の情熱のような

炎(も)えるような 消えるような

 

冬の夜の室内の 空気よりよいものはないのです

 

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

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