中原中也・夜の詩コレクション23/冬の夜
冬の夜
みなさん今夜は静かです
薬鑵(やかん)の音がしています
僕は女を想(おも)ってる
僕には女がないのです
それで苦労もないのです
えもいわれない弾力の
空気のような空想に
女を描(えが)いてみているのです
えもいわれない弾力の
澄み亙(わた)ったる夜(よ)の沈黙(しじま)
薬鑵の音を聞きながら
女を夢みているのです
かくて夜(よ)は更(ふ)け夜は深まって
犬のみ覚めたる冬の夜は
影と煙草と僕と犬
えもいわれないカクテールです
2
空気よりよいものはないのです
それも寒い夜の室内の空気よりもよいものはないのです
煙よりよいものはないのです
煙より 愉快なものもないのです
やがてはそれがお分りなのです
同感なさる時が 来るのです
空気よりよいものはないのです
寒い夜の痩せた年増女(としま)の手のような
その手の弾力のような やわらかい またかたい
かたいような その手の弾力のような
煙のような その女の情熱のような
炎(も)えるような 消えるような
冬の夜の室内の 空気よりよいものはないのです
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)
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