中原中也・夜の詩コレクション11/更くる夜 内海誓一郎に
更くる夜
内海誓一郎に
毎晩々々、夜が更(ふ)けると、近所の湯屋(ゆや)の
水汲(く)む音がきこえます。
流された残り湯が湯気(ゆげ)となって立ち、
昔ながらの真っ黒い武蔵野の夜です。
おっとり霧も立罩(たちこ)めて
その上に月が明るみます、
と、犬の遠吠(とおぼえ)がします。
その頃です、僕が囲炉裏(いろり)の前で、
あえかな夢をみますのは。
随分(ずいぶん)……今では損(そこ)われてはいるものの
今でもやさしい心があって、
こんな晩ではそれが徐かに呟きだすのを、
感謝にみちて聴(き)きいるのです、
感謝にみちて聴きいるのです。
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)
« 中原中也・夜の詩コレクション10/心 象 | トップページ | 中原中也・夜の詩コレクション12/雪の宵 »
「067中原中也・夜の歌コレクション」カテゴリの記事
- 中原中也・夜の詩コレクション118/秋の夜に、湯に浸り(2020.08.01)
- 中原中也・夜の詩コレクション117/雨が降るぞえ――病棟挽歌(2020.07.31)
- 中原中也・夜の詩コレクション116/道修山夜曲(2020.07.30)
- 中原中也・夜の詩コレクション115/夏の夜の博覧会はかなしからずや(2020.07.29)
- 中原中也・夜の詩コレクション114/暗い公園(2020.07.28)
コメント