中原中也・夜の詩コレクション44/或る夜の幻想(1・3)
或る夜の幻想(1・3)
1 彼女の部屋
彼女には
美しい洋服箪笥(ようふくだんす)があった
その箪笥は
かわたれどきの色をしていた
彼女には
書物や
其(そ)の他(ほか)色々のものもあった
が、どれもその箪笥(たんす)に比べては美しくもなかったので
彼女の部屋には箪笥だけがあった
それで洋服箪笥の中は
本でいっぱいだった
3 彼 女
野原の一隅(ひとすみ)には杉林があった。
なかの一本がわけても聳(そび)えていた。
或(あ)る日彼女はそれにのぼった。
下りて来るのは大変なことだった。
それでも彼女は、媚態(びたい)を棄てなかった。
一つ一つの挙動(きょどう)は、まことみごとなうねりであった。
夢の中で、彼女の臍(おへそ)は、
背中にあった。
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)
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