中原中也・夜の詩コレクション32/幻 影
幻 影
私の頭の中には、いつの頃からか、
薄命(はくめい)そうなピエロがひとり棲(す)んでいて、
それは、紗(しゃ)の服なんかを着込んで、
そして、月光を浴びているのでした。
ともすると、弱々しげな手付をして、
しきりと 手真似(てまね)をするのでしたが、
その意味が、ついぞ通じたためしはなく、
あわれげな 思いをさせるばっかりでした。
手真似につれては、唇(くち)も動かしているのでしたが、
古い影絵でも見ているよう――
音はちっともしないのですし、
何を云(い)ってるのかは 分りませんでした。
しろじろと身に月光を浴び、
あやしくもあかるい霧(きり)の中で、
かすかな姿態(したい)をゆるやかに動かしながら、
眼付(めつき)ばかりはどこまでも、やさしそうなのでした。
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)
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