中原中也・夜の詩コレクション45/聞こえぬ悲鳴
聞こえぬ悲鳴
悲しい 夜更(よふけ)が 訪(おとず)れて
菫(すみれ)の 花が 腐れる 時に
神様 僕は 何を想出(おもいだ)したらよいんでしょ?
痩せた 大きな 露西亜(ロシア)の婦(おんな)?
彼女の 手ですか? それとも横顔?
それとも ぼやけた フイルム ですか?
それとも前世紀の 海の夜明け?
ああ 悲しい! 悲しい……
神様 あんまり これでは 悲しい
疲れ 疲れた 僕の心に……
いったい 何が 想い出せましょ?
悲しい 夜更は 腐った花弁(はなびら)――
噛(か)んでも 噛んでも 歯跡もつかぬ
それで いつまで 噛んではいたら
しらじらじらと 夜は明けた
――一九三五、四――
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)
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