中原中也・夜の詩コレクション38/暗い天候(二・三)
暗い天候(二・三)
二
こんなにフケが落ちる、
秋の夜に、雨の音は
トタン屋根の上でしている……
お道化(どけ)ているな――
しかしあんまり哀しすぎる。
犬が吠える、虫が鳴く、
畜生(ちくしょう)! おまえ達には社交界も世間も、
ないだろ。着物一枚持たずに、
俺も生きてみたいんだよ。
吠えるなら吠えろ、
鳴くなら鳴け、
目に涙を湛(たた)えて俺は仰臥(ぎょうが)さ。
さて、俺は何時(いつ)死ぬるのか、明日(あした)か明後日(あさって)か……
――やい、豚、寝ろ!
こんなにフケが落ちる、
秋の夜に、雨の音は
トタン屋根の上でしている。
なんだかお道化ているな
しかしあんまり哀しすぎる。
三
この穢(けが)れた涙に汚れて、
今日も一日、過ごしたんだ。
暗い冬の日が梁(はり)や壁を搾(し)めつけるように、
私も搾められているんだ。
赤ン坊の泣声や、おひきずりの靴の音や、
昆布や烏賊(するめ)や洟紙(はながみ)や首巻や、
みんなみんな、街道沿(かいどうぞ)いの電線の方へ
荷馬車の音も耳に入らずに、舞い颺(あが)り舞い颺り
吁(ああ)! はたして昨日が晴日(おてんき)であったかどうかも、
私は思い出せないのであった。
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)
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