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2020年6月

2020年6月30日 (火)

中原中也・夜の詩コレクション87/蛙 声

蛙 声

 

郊外では、

夜は沼のように見える野原の中に、

蛙が鳴く。

 

それは残酷な、

消極も積極もない夏の夜の宿命のように、

毎年のことだ。

 

郊外では、

毎年のことだ今時分になると沼のような野原の中に、

蛙が鳴く。

 

月のある晩もない晩も、

いちように厳かな儀式のように義務のように、

地平の果にまで、

 

月の中にまで、

しみこめとばかりに廃墟礼讃(はいきょらいさん)の唱歌(しょうか)のように、

蛙が鳴く。

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2020年6月29日 (月)

中原中也・夜の詩コレクション86/(土を見るがいい)

(土を見るがいい)

 

土を見るがいい、

土は水を含んで黒く

のっかってる石ころだけは夜目にも白く、

風は吹き、頸(くび)に寒く

風は吹き、雨雲を呼び、

にじられた草にはつらく、

 

風は吹き、樹の葉をそよぎ

風は吹き、黒々と吹き

葱(ねぎ)はすっぽりと立っている

その葱を吹き、

その葱の揺れ方は赤ン坊の脛(はぎ)ににている。

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2020年6月28日 (日)

中原中也・夜の詩コレクション85/(卓子に、俯いてする夢想にも倦きると)

(卓子に、俯いてする夢想にも倦きると)

 

卓子(テーブル)に、俯(うつむ)いてする夢想にも倦(あ)きると、

僕は窓を開けて僕はみるのだ

 

  星とその、背後の空と、

  石盤の、冷たさに似て、

  吹く風と、逐(お)いやらる、小さな雲と

 

窓を閉めれば星の空、その星の空

その星の空? 否、否、否、

否 否 否 否 否 否 否 否 否否否否否否否否

 

⦅星は、何を、話したがっていたのだろう?⦆

⦅星はなんにも語ろうとしてはいない。⦆

 

⦅では、あれは、何を語ろうとしていたのだろう?⦆

⦅なんにも、語ろうと、してはいない。⦆

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2020年6月27日 (土)

中原中也・夜の詩コレクション84/お会式の夜

お会式の夜

 

十月の十二日、池上の本門寺、

東京はその夜、電車の終夜運転、

来る年も、来る年も、私はその夜を歩きとおす、

太鼓の音の、絶えないその夜を。

 

来る年にも、来る年にも、その夜はえてして風が吹く。

吐(は)く息は、一年の、その夜頃から白くなる。

遠くや近くで、太鼓の音は鳴っていて、

頭上に、月は、あらわれている。

 

その時だ 僕がなんということはなく

落漠(らくばく)たる自分の過去をおもいみるのは

まとめてみようというのではなく、

吹く風と、月の光に仄(ほの)かな自分を思んみるのは。

 

   思えば僕も年をとった。

   辛いことであった。

   それだけのことであった。

    ――夜が明けたら家に帰って寝るまでのこと。

 

十月の十二日、池上の本門寺、

東京はその夜、電車の終夜運転、

来る年も、来る年も、私はその夜を歩きとおす、

太鼓の音の、絶えないその夜。

(一九三二・一〇・一五)

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2020年6月26日 (金)

中原中也・夜の詩コレクション83/青木三造

青木三造

 

序歌の一

 

こころまこともあらざりき

不実というにもあらざりき

ゆらりゆらりとゆらゆれる

海のふかみの海草(うみくさ)の

おぼれおぼれて、溺れたる

ことをもしらでゆらゆれて

 

ゆうべとなれば夕凪(ゆうなぎ)の

かすかに青き空慕(した)い

ゆらりゆらりとゆれてある

海の真底の小暗きに

しおざいあわくとおにきき

おぼれおぼれてありといえ

 

前後もあらぬたゆたいは

それや哀しいうみ草の

なさけのなきにつゆあらじ

やさしさあふれゆらゆれて

あおにみどりに変化(へんげ)すは

海の真底の人知らぬ

涙をのみてあるとしれ

 

その二

 

  冷たいコップを燃ゆる手に持ち

  夏のゆうべはビールを飲もう

  どうせ浮世はサイオウが馬

   チャッチャつぎませコップにビール

 

  明けても暮れても酒のことばかり

  これじゃどうにもならねようなもんだが

  すまねとおもう人様もあるが

   チャッチャつぎませコップにビール

 

  飲んだ、飲んだ飲んだ、とことんまで飲んだ

  飲んで泡吹きゃ夜空も白い

  白い夜空とは、またなんと愉快じゃないか

   チャッチャつぎませコップにビール。

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2020年6月25日 (木)

中原中也・夜の詩コレクション82/Tableau Triste A・O・に。

Tableau Triste

     A・O・に。

 

私の心の、『過去』の画面の、右の端には、

女の額(ひたい)の、大きい額のプロフィルがみえ、

それは、野兎色(のうさぎいろ)のランプの光に仄照(ほのて)らされて、

嘲弄的(ちょうろうてき)な、その生え際(ぎわ)に隈取(くまど)られている。

 

その眼眸(まなざし)は、画面の中には見出せないが、恐らくは

窮屈(きゅうくつ)げに、あでやかな笑(えみ)に輝いて、中立地帶に向けられている。

そして、なぜか私は、彼の女の傍(そば)に、

騎兵のサーベルと、長靴を感ずる――

 

読者よ、これは、その性情(せいじょう)の無辜(むこ)のために、

いためられ、弱くされて、それの個性は、

それの個性の習慣を形づくるに至らなかった、

一人の男の、かなしい心の、『過去』の画面、……

 

今宵も、心の、その画面の右の端には、

その額、大きい額のプロフィルがみえ、

野兎色の、ランプの光に仄照らされて、

ランプの焔(ほのお)の消長(しょうちょう)に、消長につれてゆすれている。

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2020年6月24日 (水)

中原中也・夜の詩コレクション81/疲れやつれた美しい顔

疲れやつれた美しい顔

 

疲れやつれた美しい顔よ、

私はおまえを愛す。

そうあるべきがよかったかも知れない多くの元気な顔たちの中に、

私は容易におまえを見付ける。

 

それはもう、疲れしぼみ、

悔とさびしい微笑としか持ってはおらぬけれど、

それは此(こ)の世の親しみのかずかずが、

縺(もつ)れ合い、香となって蘢(こも)る壺(つぼ)なんだ。

 

そこに此の世の喜びの話や悲しみの話は、

彼のためには大きすぎる声で語られ、

彼の瞳はうるみ、

語り手は去ってゆく。

 

彼が残るのは、十分諦(あきら)めてだ。

だが諦めとは思わないでだ。

その時だ、その壺が花を開く、

その花は、夜の部屋にみる、三色菫(さんしきすみれ)だ。

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2020年6月23日 (火)

中原中也・夜の詩コレクション80/酒場にて(定稿)

今晩ああして元気に語り合っている人々も、

実は、元気ではないのです。

 

近代(いま)という今は尠(すくな)くも、

あんな具合な元気さで

いられる時代(とき)ではないのです。

 

諸君は僕を、「ほがらか」でないという。

しかし、そんな定規(じょうぎ)みたいな「ほがらか」なんぞはおやめなさい。

 

ほがらかとは、恐らくは、

悲しい時には悲しいだけ

悲しんでられることでしょう?

 

されば今晩かなしげに、こうして沈んでいる僕が、

輝き出(い)でる時もある。

 

さて、輝き出でるや、諸君は云(い)います、

「あれでああなのかねえ、

不思議みたいなもんだねえ」。

 

が、冗談じゃない、

僕は僕が輝けるように生きていた。

 

               (一九三六・一〇・一)

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2020年6月22日 (月)

中原中也・夜の詩コレクション79/酒場にて(初稿)

酒場にて(初稿)

 

今晩ああして元気に語り合っている人々も、

実は元気ではないのです。

 

諸君は僕を「ほがらか」でないという。

然(しか)し、そんな定規(じょうぎ)みたいな「ほがらか」は棄て給(たま)え。

 

ほんとのほがらかは、

悲しい時に悲しいだけ悲しんでいられることでこそあれ。

 

さて、諸君の或者(あるもの)は僕の書いた物を見ていう、

「あんな泣き面で書けるものかねえ?」

 

が、冗談じゃない、

僕は僕が書くように生きていたのだ。

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2020年6月21日 (日)

中原中也・夜の詩コレクション78/(宵に寝て、秋の夜中に目が覚めて)

(宵に寝て、秋の夜中に目が覚めて)

 

宵(よい)に寝て、秋の夜中に目が覚めて

汽車の汽笛の音(ね)を聞いた。

 

  三富朽葉(くちば)よ、いまいずこ、

  明治時代よ、人力も

  今はすたれて瓦斯燈(ガスとう)は

  記憶の彼方(かなた)に明滅す。

 

宵に寝て、秋の夜中に目が覚めて

汽車の汽笛の音を聞いた。

 

  亡き明治ではあるけれど

  豆電球をツトとぼし

  秋の夜中に天井を

  みれば明治も甦る。

 

  ああ甦れ、甦れ、

  今宵故人が風貌(ふうぼう)の

  げになつかしいなつかしい。

  死んだ明治も甦れ。

 

宵に寝て、秋の夜中に目が覚めて

汽車の汽笛の音を聞いた。

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2020年6月20日 (土)

中原中也・夜の詩コレクション77/(月の光は音もなし)

(月の光は音もなし)

 

月の光は音もなし、

虫の鳴いてる草の上

月の光は溜(たま)ります

 

虫はなかなか鳴きまする

月ははるかな空にいて

見てはいますが聞こえない

 

虫は下界のためになき、

月は上界照らすなり、

虫は草にて鳴きまする。

 

やがて月にも聞えます、

私は虫の紹介者

月の世界の下僕(げぼく)です。

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2020年6月19日 (金)

中原中也・夜の詩コレクション76/コキューの憶い出

コキューの憶い出

 

その夜私は、コンテで以(もっ)て自我像を画(か)いた

風の吹いてるお会式(えしき)の夜でした

 

打叩(うちたた)く太鼓の音は風に消え、

私の机の上ばかり、あかあかと明り、

 

女はどこで、何を話していたかは知る由(よし)もない

私の肖顏(にがお)は、コンテに汚れ、

 

その上に雨でもバラつこうものなら、

まこと傑作な自我像は浮び、

 

軋(きし)りゆく、終夜電車は、

悲しみの余裕を奪い、

 

あかあかと、あかあかと私の画用紙の上は、

けれども悲しい私の肖顏が浮んでた。

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

2020年6月18日 (木)

中原中也・夜の詩コレクション75/(疲れやつれた美しい顔よ)

(疲れやつれた美しい顔よ)

 

疲れやつれた美しい顔よ、

私はおまえを愛す。

そうあるがよかったかも知れない多くの元気な顔たちの中に、

私は容易におまえを見付ける。

 

それはもう、疲れしぼみ、

悔とさびしい微笑としか持ってはおらぬけれど、

それは此(こ)の世の親しみのかずかずが、

縺(もつ)れ合い、香となって籠る(こも)壺(つぼ)なんだ。

 

そこに此の世の喜びの話や悲しみの話は、

彼のためには大きすぎる声で語られ、

彼の瞳はうるみ、

語り手は去ってゆく。

 

彼が残るのは、十分諦(あきら)めてだ。

だが諦めとは思わないでだ。

その時だ、その壺が花を開く、

その花は、夜の部屋でみる、三色菫(さんしきすみれ)だ

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

2020年6月17日 (水)

中原中也・夜の詩コレクション74/(ポロリ、ポロリと死んでゆく)

(ポロリ、ポロリと死んでゆく)

 

                         俺の全身(ごたい)よ、雨に濡れ、

                         富士の裾野(すその)に倒れたれ

                                    読人不詳

 

ポロリ、ポロリと死んでゆく。

みんな別れてしまうのだ。

呼んだって、帰らない。

      なにしろ、此(こ)の世とあの世とだから叶(かな)わない。

 

今夜(いま)にして、僕はやっとこ覚(さと)るのだ、

白々しい自分であったと。

そしてもう、むやみやたらにやりきれぬ、

      (あの世からでも、僕から奪えるものでもあったら奪ってくれ。

 

それにしてもが過ぐる日は、なんと浮わついていたことだ。

あますなきみじめな気持である時も

随分(ずいぶん)いい気でいたもんだ。

      (おまえの訃報(ふほう)に遇(あ)うまでを、浮かれていたとはどうもはや。

 

風が吹く、

あの世も風は吹いてるか?

熱にほてったその頬(ほお)に、風をうけ、

正直無比な目で以(もっ)て

おまえは私に話したがっているのかも知れない……

 

——その夜、私は目を覚ます。

障子(しょうじ)は破れ、風は吹き、

まるでこれでは戸外(そと)に寝ているも同様だ。

 

それでも俺はかまわない。

それでも俺はかまわない。

     どうなったってかまわない。

なんで文句を云(い)うものか……

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2020年6月16日 (火)

中原中也・夜の詩コレクション73/(月はおぼろにかすむ夜に)

(月はおぼろにかすむ夜に)

 

月はおぼろにかすむ夜に、

杉は、梢(こずえ)を 伸べていた。

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2020年6月15日 (月)

中原中也・夜の詩コレクション72/(秋の夜に)

(秋の夜に)

 

秋の夜に、

僕は僕が破裂する夢を見て目が醒(さ)めた。

 

人類の背後には、はや暗雲が密集している

多くの人はまだそのことに気が付かぬ

 

気が付いた所で、格別別様のことが出来だすわけではないのだが、

気が付かれたら、諸君ももっと病的になられるであろう。

 

デカダン、サンボリスム、キュビスム、未来派、

表現派、ダダイスム、スュルレアリスム、共同製作……

 

世界は、呻(うめ)き、躊躇(ちゅうちょ)し、萎(しぼ)み、

牛肉のような色をしている。

 

然(しか)るに、今病的である者こそは、

現実を知っているように私には思える。

 

健全とははや出来たての銅鑼(どら)、

なんとも淋しい秋の夜です。

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2020年6月14日 (日)

中原中也・夜の詩コレクション71/悲しき画面

悲しき画面

 

私の心の、『過去』の画面の、右の端には、

女の額(ひたい)の、大きい額のプロフィルがみえ、

それは、野兎色(のうさぎいろ)のランプの光に仄照(ほのて)らされて、

嘲弄的(ちょうろうてき)な、その生(は)え際(ぎわ)に隈取(くまど)られている。

 

その眼眸(まなざし)は、画面の中には見出せないが、恐らくは

窮屈(きゅうくつ)げに、あでやかな笑(えみ)に輝いて、『中立地帶』とおぼしき方に向けられている。

そして、何故(なぜ)か私は、彼の女の傍(そば)に、

騎兵のサーベルと、長靴とを感ずるのだ――

 

読者よ、これは、その性情(せいじょう)の無辜(むこ)のゆえに、

いためられ、弱くされて、それの個性は、

その個性にふさわしき習慣を形づくるに、至らなかった、

一人の男の、かなしい心の、『過去』の画面だ、……

 

今宵も心の、その画面の右の端には、

その額、大きい額のプロフィルがみえ、

野兎色のランプの光に仄照らされて、

ランプの焔(ほのお)の消長(しょうちょう)に、消長につれてゆすれている……

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2020年6月13日 (土)

中原中也・夜の詩コレクション70/夜 店

夜 店

 

アセチリンをともして、

低い台の上に商品を並べていた、

僕は昔の夜店を憶(おも)う。

万年草(まんねんぐさ)を売りに出ていた、

植木屋の爺々(じじい)を僕は憶う。

 

あの頃僕は快活であった、

僕は生きることを喜んでいた。

 

今、夜店はすべて電気を用い、

台は一般に高くされた。

 

僕は呆然(ぼうぜん)と、つまらなく歩いてゆく。

部屋(うち)にいるよりましだと思いながら。

 

僕にはなんだって、つまらなくって仕方がない。

それなのに今晩も、こうして歩いている。

電車にも、人通りにも、僕は関係がない。

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

2020年6月12日 (金)

中原中也・夜の詩コレクション69/夜空と酒場

夜空と酒場

 

夜の空は、広大であった。

その下に一軒の酒場があった。

 

空では星が閃(きら)めいていた。

酒場では女が、馬鹿笑いしていた。

 

夜風は無情な、大浪(おおなみ)のようであった。

酒場の明りは、外に洩(も)れていた。

 

私は酒場に、這入(はい)って行った。

おそらく私は、馬鹿面(ばかづら)さげていた。

 

だんだん酒は、まわっていった。

けれども私は、醉いきれなかった。

 

私は私の愚劣を思った。

けれどもどうさえ、仕方はなかった。

 

夜空は大きく、星もあった。

夜風は無情な、波浪(はろう)に似ていた。

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

2020年6月11日 (木)

中原中也・夜の詩コレクション68/Qu’est-ce que c’est que moi?

Qu’est-ce que c’est que moi?

 

私のなかで舞ってるものは、

こおろぎでもない、

秋の夜でもない。

南洋の夜風でもない、

椰子樹(やしのき)でもない。

それの葉に吹く風でもない

それの梢(こずえ)と、すれすれにゆく雲でない月光でもない。

つまり、その……

サムシング。

だが、なァんだその、サムシングかとは、

決して云ってはもらいますまい。

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

2020年6月10日 (水)

中原中也・夜の詩コレクション67/(風のたよりに、沖のこと 聞けば)

(風のたよりに、沖のこと 聞けば)

 

風のたよりに、沖のこと 聞けば

今夜は、可(か)なり漁(と)れそう、ゆっくり今頃夕飯食べてる。

そろそろ夜焚(よだき)の、灯ともす船もある

今は凪(なぎ)だが、夜中になれば少し荒れよう。

 

しらじらと夜のあけそめに、

漁船らは、沖を出発、

帰ってきた、港の朝は、

まぼろしの、帆柱だらけ

雨風に、しらんだ船側(ふなばた)、

干されたる大いな網よ。

 

せわしげな、女の声々、

 

ああ、これでは、

人生は今も聞こゆる潮騒(しおさい)のごと、

ねぼけづらなる潮騒のごと、

うらがなしく、あっけない。

 

しかすがに、みよ、猟師の筋骨、

彼等は今晩も沖に出てゆく。

そのために昼間は寝る。

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

2020年6月 9日 (火)

中原中也・夜の詩コレクション66/カフェーにて

カフェーにて

 

醉客の、さわがしさのなか、

ギタアルのレコード鳴って、

今晩も、わたしはここで、

ちびちびと、飮み更(ふ)かします

 

人々は、挨拶交わし、

杯の、やりとりをして、

秋寄する、この宵をしも、

これはまあ、きらびやかなことです

 

わたくしは、しょんぼりとして、

自然よりよいものは、さらにもないと、

悟りすましてひえびえと

 

ギタアルきいて、身も世もあらぬ思いして

酒啜(すす)ります、その酒に、秋風沁(し)みて

それはもう 結構なさびしさでございました

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

2020年6月 8日 (月)

中原中也・夜の詩コレクション65/湖 上

湖 上

 

ポッカリ月が出ましたら、

舟を浮べて出掛けましょう。

波はヒタヒタ打つでしょう、

風も少しはあるでしょう。

 

沖に出たらば暗いでしょう。

櫂(かい)から滴垂(したた)る水の音は

昵懇(ちか)しいものに聞えましょう、

あなたの言葉の杜切(とぎ)れ間を。

 

月は聴き耳立てるでしょう、

すこしは降りても来るでしょう。

われら脣(くち)づけする時に、

月は頭上にあるでしょう。

 

あなたはなおも、語るでしょう、

よしないことやすねごとや、

洩らさず私は聴くでしょう。

けれど漕ぐ手はやめないで。

 

ポッカリ月が出ましたら、

舟を浮べて出掛けましょう。

波はヒタヒタ打つでしょう、

風も少しはあるでしょう。

 

               (一九三〇・六・一五)

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

2020年6月 7日 (日)

中原中也・夜の詩コレクション64/消えし希望

消えし希望

 

暗き空へと消えゆきぬ

わが若き日を燃えし希望は。

 

夏の夜の星の如(ごと)くは今もなお

遠きみ空に見え隠る、今もなお。

 

暗き空へと消えゆきぬ

わが若き日の夢は希望は。

 

今はた此処(ここ)に打伏(うちふ)して

獣の如くも、暗き思いす。

 

そが暗き思い何時(いつ)の日

晴れんとの知るよしなくて、

 

溺れたる夜(よる)の海より

空の月、望むが如し。

 

その浪はあまりに深く

その月は、あまりにきよく。

 

あわれわが、若き日を燃えし希望の

今ははや暗き空へと消え行きぬ。

 

               (一九二九・七・一四)

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

2020年6月 6日 (土)

中原中也・夜の詩コレクション63/頌 歌

頌 歌

 

出で発(た)たん!夏の夜は

霧(きり)と野と星とに向って。

出で発たん、夏の夜は

一人して、身も世も軽く!

 

この自由、おお!この自由!

心なき世のいさかいと

多忙なる思想を放ち、

身に沁(し)みるみ空の中に

 

悲しみと喜びをもて、

つつましく、かつはゆたけく、

歌はなん古きしらべを

 

霧と野と星とに伴(つ)れて、

歌はなん、夏の夜は

一人して、古きおもいを!

 

               (一九二九・七・一三)

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

2020年6月 5日 (金)

中原中也・夜の詩コレクション62/寒い夜の自我像

寒い夜の自我像

 

 

きらびやかでもないけれど、

この一本の手綱(たづな)をはなさず

この陰暗の地域をすぎる!

その志(こころざし)明らかなれば

冬の夜を、我は嘆かず、

人々の憔懆(しょうそう)のみの悲しみや

憧れに引廻(ひきまわ)される女等の鼻唄を、

わが瑣細(ささい)なる罰と感じ

そが、わが皮膚を刺すにまかす。

 

蹌踉(よろ)めくままに静もりを保ち、

聊(いささ)か儀文めいた心地をもって

われはわが怠惰を諌(いさ)める、

寒月の下を往きながら、

 

陽気で坦々として、しかも己を売らないことをと、

わが魂の願うことであった!……

 

 

恋人よ、その哀しげな歌をやめてよ、

おまえの魂がいらいらするので、

そんな歌をうたいだすのだ。

しかもおまえはわがままに

親しい人だと歌ってきかせる。

 

ああ、それは不可(いけ)ないことだ!

降りくる悲しみを少しもうけとめないで、

安易で架空な有頂天を幸福と感じ倣(な)し

自分を売る店を探して走り廻るとは、

なんと悲しく悲しいことだ……

 

 

神よ私をお憐(あわ)れみ下さい!

 

 私は弱いので、

 悲しみに出遇(であ)うごとに自分が支えきれずに、

 生活を言葉に換えてしまいます。

 そして堅くなりすぎるか

 自堕落になりすぎるかしなければ、

 自分を保つすべがないような破目(はめ)になります。

 

神よ私をお憐れみ下さい!

この私の弱い骨を、暖いトレモロで満たして下さい。

ああ神よ、私が先(ま)ず、自分自身であれるよう

日光と仕事とをお与え下さい!

 

               (一九二九・一・二〇)

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

2020年6月 4日 (木)

中原中也・夜の詩コレクション61/幼年囚の歌

幼年囚の歌

 

 

こんなに酷(ひど)く後悔する自分を、

それでも人は、苛(いじ)めなければならないのか?

でもそれは、苛めるわけではないのか?

そうせざるを得ないというのか?

 

人よ、君達は私の弱さを知らなさすぎる。

夜も眠れずに、自らを嘆くこの男を、

君達は知らないのだ、嘆きのために、

果物にもパンにももう飽かしめられたこの男を。

 

君達は知らないのだ、神のほか、地上にはもうよるべのない、

冬の夜は夜空のもとに目も耳もないこの悲しみを。

それにしてもと私は思う、

 

この明瞭なことが、どうして君達には見えないのだろう?

どうしてだ? どうしてだ?

君達は、自疑してるのだと私は思う……

 

 

今夜(こよ)はまた、かくて呻吟(しんぎん)するものを、

明日の日は、また罪犯す吾なるぞ。

かくて幾たび幾そたび繰返すとも悟らぬは、

いかなる呪いのためならん。

 

かくは烈しく呻吟し

かくは間なくし罪つくる。

繰返せども返せども、

つねに新し、たびたびに。

 

かくは烈しく呻吟し、

などてはまたも繰返す?

かくはたびたび繰返し、

などては進みもなきものか?

 

われとわが身にあらそえば

人の喜び、悲しみも、

ゼラチン透かし見るごとく

かなしくもまたおどけたり。

 

               (一九二九・一・四)

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

2020年6月 3日 (水)

中原中也・夜の詩コレクション60/秋の夜

秋の夜

 

夜霧(よぎり)が深く

冬が来るとみえる。

森が黒く

空を恨(うら)む。

 

外燈の下(もと)に来かかれば

なにか生活めいた思いをさせられ、

暗闇にさしかかれば、

死んだ娘達の歌声を聞く。

 

夜霧が深く

冬が来るとみえる。

森が黒く

空を恨む。

 

深い草叢(くさむら)に虫が鳴いて、

深い草叢を霧が包む。

近くの原が疲れて眠り、

遠くの竝木(なみき)が疑深い。

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

2020年6月 2日 (火)

中原中也・夜の詩コレクション59/詩人の嘆き

詩人の嘆き

 

私の心よ怒るなよ、

ほんとに燃えるは独りでだ、

するとあとから何もかも、

夕星(ゆうづつ)ばかりが見えてくる。

 

マダガスカルで出来たという、

このまあ紙は夏の空、

綺麗に笑ってそのあとで、

ちっともこちらを見ないもの。

 

ああ喜びや悲しみや、

みんな急いで逃げるもの。

いろいろ言いたいことがある、

神様からの言伝(ことづて)もあるのに。

 

ほんにこれらの生活(なりわい)の

日々を立派にしようと思うのに、

丘でリズムが勝手に威張って、

そんなことは放ってしまえという。

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

2020年6月 1日 (月)

中原中也・夜の詩コレクション58/夏の夜

夏の夜

 

 

暗い空に鉄橋が架(か)かって、

男や女がその上を通る。

その一人々々が夫々(それぞれ)の生計(なりわい)の形をみせて、

みんな黙って頷(うなず)いて歩るく。

 

吊られている赤や緑の薄汚いランプは、

空いっぱいの鈍い風があたる。

それは心もなげに燈(とも)っているのだが、

燃え尽した愛情のように美くしい。

 

泣きかかる幼児を抱いた母親の胸は、

掻乱(かきみだ)されてはいるのだが、

「この子は自分が育てる子だ」とは知っているように、

 

その胸やその知っていることや、夏の夜の人通りに似て、

はるか遥かの暗い空の中、星の運行そのままなのだが、

それが私の憎しみやまた愛情にかかわるのだ……。

 

 

私の心は腐った薔薇(ばら)のようで、

夏の夜の靄(もや)では淋しがって啜(すすりな)く、

若い士官の母指(おやゆび)の腹や、

四十女の腓腸筋(ひちょうきん)を慕う。

 

それにもまして好ましいのは、

オルガンのある煉瓦(れんが)の館(やかた)。

蔦蔓(つたかづら)が黝々(くろぐろ)と匐(は)いのぼっている、

埃(ほこ)りがうっすり掛かっている。

 

その時広場は汐(な)ぎ亙(わた)っているし、

お濠(ほり)の水はさざ波たててる。

どんな馬鹿者だってこの時は殉教者の顔付(かおつき)をしている。

 

私の心はまず人間の生活のことについて燃えるのだが、

そして私自身の仕事については一生懸命練磨するのだが、

結局私は薔薇色の蜘蛛(くも)だ、夏の夕方は紫に息づいている。

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

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