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2020年6月 5日 (金)

中原中也・夜の詩コレクション62/寒い夜の自我像

寒い夜の自我像

 

 

きらびやかでもないけれど、

この一本の手綱(たづな)をはなさず

この陰暗の地域をすぎる!

その志(こころざし)明らかなれば

冬の夜を、我は嘆かず、

人々の憔懆(しょうそう)のみの悲しみや

憧れに引廻(ひきまわ)される女等の鼻唄を、

わが瑣細(ささい)なる罰と感じ

そが、わが皮膚を刺すにまかす。

 

蹌踉(よろ)めくままに静もりを保ち、

聊(いささ)か儀文めいた心地をもって

われはわが怠惰を諌(いさ)める、

寒月の下を往きながら、

 

陽気で坦々として、しかも己を売らないことをと、

わが魂の願うことであった!……

 

 

恋人よ、その哀しげな歌をやめてよ、

おまえの魂がいらいらするので、

そんな歌をうたいだすのだ。

しかもおまえはわがままに

親しい人だと歌ってきかせる。

 

ああ、それは不可(いけ)ないことだ!

降りくる悲しみを少しもうけとめないで、

安易で架空な有頂天を幸福と感じ倣(な)し

自分を売る店を探して走り廻るとは、

なんと悲しく悲しいことだ……

 

 

神よ私をお憐(あわ)れみ下さい!

 

 私は弱いので、

 悲しみに出遇(であ)うごとに自分が支えきれずに、

 生活を言葉に換えてしまいます。

 そして堅くなりすぎるか

 自堕落になりすぎるかしなければ、

 自分を保つすべがないような破目(はめ)になります。

 

神よ私をお憐れみ下さい!

この私の弱い骨を、暖いトレモロで満たして下さい。

ああ神よ、私が先(ま)ず、自分自身であれるよう

日光と仕事とをお与え下さい!

 

               (一九二九・一・二〇)

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

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