中原中也・夜の詩コレクション84/お会式の夜
お会式の夜
十月の十二日、池上の本門寺、
東京はその夜、電車の終夜運転、
来る年も、来る年も、私はその夜を歩きとおす、
太鼓の音の、絶えないその夜を。
来る年にも、来る年にも、その夜はえてして風が吹く。
吐(は)く息は、一年の、その夜頃から白くなる。
遠くや近くで、太鼓の音は鳴っていて、
頭上に、月は、あらわれている。
その時だ 僕がなんということはなく
落漠(らくばく)たる自分の過去をおもいみるのは
まとめてみようというのではなく、
吹く風と、月の光に仄(ほの)かな自分を思んみるのは。
思えば僕も年をとった。
辛いことであった。
それだけのことであった。
――夜が明けたら家に帰って寝るまでのこと。
十月の十二日、池上の本門寺、
東京はその夜、電車の終夜運転、
来る年も、来る年も、私はその夜を歩きとおす、
太鼓の音の、絶えないその夜。
(一九三二・一〇・一五)
(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)
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