中原中也・夜の詩コレクション71/悲しき画面
悲しき画面
私の心の、『過去』の画面の、右の端には、
女の額(ひたい)の、大きい額のプロフィルがみえ、
それは、野兎色(のうさぎいろ)のランプの光に仄照(ほのて)らされて、
嘲弄的(ちょうろうてき)な、その生(は)え際(ぎわ)に隈取(くまど)られている。
その眼眸(まなざし)は、画面の中には見出せないが、恐らくは
窮屈(きゅうくつ)げに、あでやかな笑(えみ)に輝いて、『中立地帶』とおぼしき方に向けられている。
そして、何故(なぜ)か私は、彼の女の傍(そば)に、
騎兵のサーベルと、長靴とを感ずるのだ――
読者よ、これは、その性情(せいじょう)の無辜(むこ)のゆえに、
いためられ、弱くされて、それの個性は、
その個性にふさわしき習慣を形づくるに、至らなかった、
一人の男の、かなしい心の、『過去』の画面だ、……
今宵も心の、その画面の右の端には、
その額、大きい額のプロフィルがみえ、
野兎色のランプの光に仄照らされて、
ランプの焔(ほのお)の消長(しょうちょう)に、消長につれてゆすれている……
(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)
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