中原中也・夜の詩コレクション65/湖 上
湖 上
ポッカリ月が出ましたら、
舟を浮べて出掛けましょう。
波はヒタヒタ打つでしょう、
風も少しはあるでしょう。
沖に出たらば暗いでしょう。
櫂(かい)から滴垂(したた)る水の音は
昵懇(ちか)しいものに聞えましょう、
あなたの言葉の杜切(とぎ)れ間を。
月は聴き耳立てるでしょう、
すこしは降りても来るでしょう。
われら脣(くち)づけする時に、
月は頭上にあるでしょう。
あなたはなおも、語るでしょう、
よしないことやすねごとや、
洩らさず私は聴くでしょう。
けれど漕ぐ手はやめないで。
ポッカリ月が出ましたら、
舟を浮べて出掛けましょう。
波はヒタヒタ打つでしょう、
風も少しはあるでしょう。
(一九三〇・六・一五)
(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)
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