中原中也・夜の詩コレクション95/夏の記臆
夏の記臆
温泉町のほの暗い町を、
僕は歩いていた、ひどく俯(うつむ)いて。
三味線(しゃみせん)の音や、女達の声や、
走馬燈(まわりどうろ)が目に残っている。
其処(そこ)は直(す)ぐそばに海もあるので、
夏の賑(にぎわ)いは甚(はなは)だしいものだった。
銃器を掃除したボロギレの親しさを、
汚れた襟(えり)に吹く、風の印象を受けた。
闇の夜は、海辺に出て、重油のような思いをしていた。
太っちょの、船頭の女房は、かねぶんのような声をしていた。
最初の晩は町中歩いて、歯ブラッシを買って、
宿に帰った。――暗い電気の下で寝た。
(一九三三・八・二一)
(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。※原文の「かねぶん」には傍点がつけられてあり、” “で示しました。
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