中原中也・夜の詩コレクション94/虫の声
虫の声
夜が更(ふ)けて、
一つの虫の声がある。
それはたしかに庭で鳴いたのだが、
鳴き了(おわ)るや、それは彼処(かしこ)野原で鳴いたようにもおもわれる。
此処(ここ)と思い、彼処と思い、
あやしげな思いに抱かれていると、
此処、庭の中からにこにことして、幽霊は立ち現われる。
よくみれば、慈しみぶかい年増婦(としま)の幽霊。
一陣の風は窓に起り、
幽霊は去る。
虫が鳴くのは、
彼処の野でだ。
(一九三三・八・九)
(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)
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