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2020年7月11日 (土)

中原中也・夜の詩コレクション98/咏嘆調

咏嘆調

 

悲しみは、何処(どこ)まででもつづく

蛮土の夜の、お祭りのように、その宵(よい)のように、

その夜更のように何処まででもつづく。

 

それは、夜と、湿気と、炬火(たいまつ)と、掻き傷と、

野と草と、遠いい森の灯のように、

頸(うなじ)をめぐり少しばかりの傷を負わせながら過ぎてゆく。

 

それは、まるで時間と同じものでもあるのだろうか?

胃の疲れ、肩の凝りのようなものであろうか、

いかな罪業のゆえであろうか

この駱駅(らくえき)とつづく悲しみの小さな小さな無数の群は。

 

それはボロ麻や、腓(はぎ)に吹く、夕べの風の族であろうか?

夕べ野道を急ぎゆく、漂白の民(たみ)であろうか?

何処までもつづく此(こ)の悲しみは、

はや頸を真ッ直ぐにして、ただ諦(あきら)めているほかはない。……

 

 

「夜は早く寝て、朝は早く起きる!」

――やるせない、この生計(なりわい)の宵々に、

煙草吹かして茫然(ぼうぜん)と、電燈(でんき)の傘を見てあれば、

昔、小学校の先生が、よく云(い)ったこの言葉

不思議に目覚め、あらためて、

「夜は早く寝て、朝は早く起きる!」と、

くちずさみ、さてギョッとして、

やがてただ、溜息(ためいき)を出すばかりなり。

 

「夜は早く寝て、朝は早く起きる!」

「夕空霽(は)れて、涼虫(すずむし)鳴く。」

「腰湯がすんだら、背戸(せど)の縁台にいらっしゃい。」

思い出してはがっかりとする、

これらの言葉の不思議な魅力。

いかなる故(ゆえ)にがっかりするのか、

はやそれさえも分りはしない。

 

「夜は早く寝て、朝は早く起きる!」

僕は早く起き、朝霧(あさぎり)よ、野に君を見なければならないだろうか。

小学校の先生よ、僕はあなたを思い出し、

あなたの言葉を思い出し、あなたの口調を、思い出しさえするけれど、

それら悔恨のように、僕の心に侵(し)み渡りはするけれど、

それはただ一抹の哀愁となるばかり、

意志とは何の、関係もないのでした……

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

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