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2020年7月17日 (金)

中原中也・夜の詩コレクション103/誘蛾燈詠歌

誘蛾燈詠歌

 

ほのかにほのかに、ともっているのは

これは一つの誘蛾燈(ゆうがとう)、稲田の中に

秋の夜長のこの夜さ一と夜、ともっているのは

誘蛾燈、ひときわ明るみひときわくらく

銀河も流るるこの夜さ一と夜、稲田の此処(ここ)に

ともっているのは誘蛾燈、だあれも来ない

稲田の中に、ともっているのは誘蛾燈

たまたま此処に来合せた者が、見れば明るく

ひときわ明るく、これより明るいものとてもない

夕べ誰(た)が手がこれをば此処に、置きに来たのか知る由もない

銀河も流るる此の夜さ一と夜、此処にともるは誘蛾燈

 

 

と、つまり死なのです、死だけが解決なのです

それなのに人は子供を作り、子供を育て

ここもと此処(娑婆(しゃば))だけを一心に相手とするのです

却々(なかなか)義理堅いものともいえるし刹那的(せつなてき)とも考えられます

暗い暗い曠野(こうや)の中に、その一と所に灯(ともし)をばともして

ほのぼのと人は暮しをするのです、前後(あとさき)の思念もなく

扨(さて)ほのぼのと暮すその暮しの中に、皮肉もあれば意地悪もあり

虚栄もあれば衒(てら)い気もあるというのですから大したものです

ほのぼのと、此処だけ明るい光の中に、親と子とそのいとなみと

義理と人情と心労と希望とあるというのだからおおけなきものです

もともとはといえば終局の所は、案じあぐんでも分らない所から

此処は此処だけで一心になろうとしたものだかそれとも、

子供は子供で現に可愛いいから可愛がる、従って

その子はまたその子の子を可愛がるというふうになるうちに

入籍だの誕生の祝いだのと義理堅い制度や約束が生じたのか

その何れであるかは容易に分らず多分は後者の方であろうにしても

如何(いか)にも私如き男にはほのかにほのかに、ここばかり明(あか)る此の娑婆というものは

なにや分らずただいじらしく、夜べに聞く青年団の

喇叭(らっぱ)練習の音の往還(おうかん)に流れ消えゆくを

銀河思い合せて聞いてあるだに感じ強うて精一杯で

その上義務だのと云われてははや驚くのほかにすべなく

身を挙げて考えてのようやくのことが、

ほのぼのとほのぼのとここもと此処ばかり明る灯(ともし)ともして

人は案外義理堅く生活するということしか分らない

そして私は青年団練習の喇叭を聞いて思いそぞろになりながら

而(しか)も義理と人情との世のしきたりに引摺(ひきず)られつつびっくりしている

 

 

          あおによし奈良の都の……

 

それではもう、僕は青とともに心中しましょうわい

くれないだのイエローなどと、こちゃ知らんことだわい

流れ流れつ空をみて赤児の脣(くち)よりなお淡(あわ)く

空に浮かれて死んでゆこか、みなさんや

どうか助けて下されい、流れ流れる気持より

何も分らぬわたくしは、少しばかりは人様なみに

生きていたいが業(ごう)のはじまり、かにかくにちょっぴりと働いては

酒をのみ、何やらかなしく、これこのようにぬけぬけと

まだ生きておりまして、今宵小川に映る月しだれ柳や

いやもう難有(ありがと)って、耳ゴーと鳴って口きけませんだじゃい

 

 

          やまとやまと、やまとはくにのまほろば……

 

何云いなはるか、え? あんまり責めんといとくれやす

責めはったかてどないなるもんやなし、な

責めんといとくれやす、何も諛(へつら)いますのやないけど

あてこないな気持になるかて、あんたかて

こないな気持にならはることかてありますやろ、そやないか?

そらモダンもええどっしやろ、しかし柳腰(やなぎごし)もええもんどすえ?

 

          (ああ、そやないかァ)

          (ああ、そやないかァ)

   5 メルヘン

 

寒い寒い雪の曠野の中でありました

静御前(しずかごぜん)と金時(きんとき)は親子の仲でありました

すげ笠は女の首にはあまりに大きいものでありました

雪の中ではおむつもとりかえられず

吹雪は瓦斯(ガス)の光の色をしておりました

 

×

 

或るおぼろぬくい春の夜でありました

平(たいら)の忠度(ただのり)は桜の木の下に駒をとめました

かぶとは少しく重過ぎるのでありました

そばのいささ流れで頭の汗を洗いました、サテ

花や今宵の主(あるじ)ならまし

 

                     (一九三四・一二・一六)

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

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