中原中也・夜の詩コレクション90/Qu’est-ce que c’est?
Qu’est-ce que c’est?
蛙が鳴くことも、
月が空を泳ぐことも、
僕がこうして何時(いつ)まで立っていることも、
黒々と森が彼方(かなた)にあることも、
これはみんな暗がりでとある時出っくわす、
見知越(みしりご)しであるような初見であるような、
あの歯の抜けた妖婆(ようば)のように、
それはのっぴきならぬことでまた
逃れようと思えば何時(いつ)でも逃れていられる
そういうふうなことなんだ、ああそうだと思って、
坐臥常住(ざがじょうじゅう)の常識観に、
僕はすばらしい籐椅子(とういす)にでも倚(よ)っかかるように倚っかかり、
とにかくまず羞恥(しゅうち)の感を押鎮(おしし)ずめ、
ともかくも和やかに誰彼(だれかれ)のへだてなくお辞儀を致すことを覚え、
なに、平和にはやっているが、
蛙の声を聞く時は、
何かを僕はおもい出す。何か、何かを、
おもいだす。
Qu’est-ce que c’est?
(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)
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