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2020年8月

2020年8月31日 (月)

ラスコリニコフは、冷酷無情、ニヒルというより、情熱の人であったのだ、と思い直すこともできた

罪と罰
1970年
ソ連

原作 フョードル・M・ドストエフスキー
脚本 ニコライ・フィグロフスキー
脚本・監督 レフ・クリジャーノフ
撮影 ヴャチェスラフ・シュムスキー
美術 ピョートル・パシケーヴィチ
音楽 ミハイル・ジフ

キャスト
ラスコーリニコフ ゲオルギー・タラトルキン
ボルフィーリー インノケンティ・スモクトゥノフスキー
ソーニャ タチアナ・べードワ
ドゥーニャ ヴィクトリア・フョードロワ
スヴィドリガイロフ エフィーム・コペリャン
マルメラードフ エフゲニー・レベチェフ
ルージン ウラジミール・パソフ

日本語字幕 冨田耕平


ソ連映画「罪と罰」は1970年製作、レフ・クリジャーノフ監督のモノクロ作品。ドイツ、フランスなどでの映画化があるが、原作者ドストエフスキーの生国ロシアでは初の製作となった3時間半の大作だ。5日のBS11「ミッドナイト・シアター」で放映があったのをビデオ録画し、3回にわけて鑑賞した。

「マルメラードフの物語」を書くうちに拡大し、ついに「罪と罰」となって完成した原作を、若き日、2度ほど読んだ。最近、殺人の場面だけを拾い読みし、延々10ページにわたる描写の緊迫感にあらためて衝撃を受けた。(10ページとは、モスグリーンのハードカバーがいまや古めかしい河出書房版の、2段組の世界文学全集に換算した量である。)

金貸しの老婆を殺害した後、偶然、居合わせることになってしまった娘リザベータを巻き添えにして殺してしまうシーンの描写を読みながら、ドストエフスキーがこれを書いている時の姿を想像し、鳥肌が立った。書かれなければならなかった作品の誕生に、作家の筆は滑(なめ)らかに進んだのだろうか。

映画「罪と罰」は、冷戦体制下のソ連の作品である。レフ・クリジャーノフ監督は、大長編の原作の登場人物を絞りに絞り、猥雑感やリアリティをそぎおとした分、ラスコリニコフ、ソーニャ、ドーニャ、ルージン、ポルフィーリー、ラズーミヒン、スヴィドリガイロフらの行動・心理・論理を鮮明に浮き上がらせた。

ちょっと「おどけた」「とっぽい感じ」のラスコリニコフ(ゲオルギー・タラトルキン)は、老婆を殺した後、高ぶる神経をコントロールできず、しばしば気絶したり、怒ったり、冷静であるというより、激情的な線が色濃く出ているのが、現代人には親近感がある。そうだ、ラスコリニコフは、冷酷無情、ニヒルというより、情熱の人であったのだ、と思い直すこともできたのである。

ソーニャとの長い会話を引いておこう。殺人をソーニャに告白する場面で、ラスコリニコフは自らをナポレオンにたとえて、殺人の論理を構築したことを打ち明ける。その論理が、ソーニャの愛の前に崩れ落ちるクライマックス――。


君を苦しめに来た

苦しんでいるのね

くだらん お聞き 昨日リザベータを殺した者を教えると言った

昨日の話本当なの? なぜごぞんじ?

知ってる

そんな怖い顔をして

僕の顔をごらん

あなたは… あなたは何という事をしたの 今あなたより不幸な人はいないわ

独りにしないで

決してしません どこへでもついて行く 地の果てでも 流刑地でも行くわ どうして なぜあんな事を?

盗みだ いや違う

空腹で母さんを助けたくて?

違う そうじゃない 母は助けたかった それはうそだ 苦しめるな 空腹で殺したならこんなことに苦しまない 僕がざんげして何になる 僕を哀れんで何になる 君が苦しむだけだ

あなたも…

僕はずるい男だ そう考えれば説明がつくよ ずるいから来た 来ない者もいるが 僕は弱虫で卑劣だから いや そんな事はいい 我々は別の人間

いいえ 来てくださってよかったわ

僕は… ナポレオンになりたかった だから殺した 分るか?

もっと話して きっと分るわ

分る? では話そう 僕は考えた ナポレオンが僕の立場にいたら…と 彼の運を開いたモンブラン越えや あの輝かしい不滅の偉業の代わりに 薄汚いばあさんを殺して その金を奪うことのほかに 出世の糸口がないとしたら… 殺したろうか 罪深いとためらったろうか 長い間その答えを求めたが 理解した時 自分を恥じた 彼ならためらうことなく 老婆を殺したろう だから僕は… 考えるのをやめて 老婆を殺した 先人に倣って

いいえ それは間違いよ よくもそんな

僕はあの時知りたかった 自分がシラミ同様の存在か 勇気のある人間なのか 権利を持っているのか…

権利? 殺す権利があるの?

ソーニャ 悪魔が僕を運んだんだ あの日訪れたのは 試そうとしただけだ

そして殺したんでしょ

だが なぜあんな風に 殺したか 僕が殺したのは 老婆ではなく 僕自身だ 僕にかまわないでくれ

苦しいのね

どうすればいい

立って あなたが汚した 大地にキスしなさい 世界中に頭を下げ 「私が殺した」と言えば 神の救いがきっと…

自首しろと?

苦しんで 罪をあがなうの

自首は嫌だ

苦しむのよ

怖くなって盗品を石の下に隠した 笑われるよ

なんて哀れなの 苦しみを抱いて一生暮らすの?

慣れるさ 僕は自分を傷つけた でもシラミじゃなく人間なんだ 昨日は駄目かと思ったが… 確実な証拠はない 監獄に入れられても きっとすぐ出てくる 確実な証拠はない 面会に来て

行くわ

(2002.11.9)

2020年8月30日 (日)

冷戦構造の崩壊後の現在に、これらの映像を見ているという、どこかしら安心感みたいなものが、作品との距離を縮めているとでも言ったらいいものか。

アレクサンドル・ネフスキー
1938
ソ連

監督・セルゲイ・エイゼンシュテイン、脚本・セルゲイ・エイゼンシュテイン、出演・ニコライ・チェルカーソフ、音楽・セルゲイ・プロコフィエフ

60年も、70年も前に作られた映画が、2002年の今見ても、輝きを失わず、いっそう輝いて見える。セルゲイ・エイゼンシュテイン監督「アレクサンドル・ネフスキー」は、確か、1960年代末に「新宿・アートシアター」で公開上映されたのを見た記憶があるが、その時から勘定しても40数年である。

「戦艦ポチョムキン」の感動が、天下がひっくりかえる革命のダイナミズムの表現であるなら、「アレクサンドル・ネフスキー」は、13世紀の戦闘のダイナミズムをあますところなく表現している。

冷戦構造の崩壊後の現在に、これらの映像を見ているという、どこかしら安心感みたいなものが、作品との距離を縮めているとでも言ったらいいものか。娯楽映画のようにさえ見ていられるから発見である。小さい時、「鞍馬天狗」を見たときに似たワクワク感を抱きながら、そして見終えて、何か晴れ晴れした気分を得て、映画館を出た感じを味わった。

エイゼンシュテインには、もともと、楽しいという要素があった。映画に、この要素があるのは当たり前のことだが、それを思い出させてくれたのが、「アレクサンドル・ネフスキー」であり、そう言えば、「メキシコ万歳」にも「戦艦ポチョムキン」にも「全線」にも、それがあることを知るのである。
(2002.6.8)

<セルゲイ・エイゼンシュテインめも>
1898 生まれる
1925 ストライキ
1925 戦艦ポチョムキン
1928 十月
1929 全線
1931 メキシコ万歳
1938 アレクサンドル・ネフスキー
1944 イワン雷帝
1948 死す

 

2020年8月29日 (土)

言葉のやりとりの中に、演出家と女優の実存的関係のドロドロが回収されてしまうから、観客は、視覚や官能といった生物学的な身体を解放されない。

リハーサルの後で
1984年
スウェーデン

大晦日の夕方に「ひいたかな」と感じた風邪が年を越して元日、および今日2日に頭をもたげ、眠りに眠った2日間。「去年今年貫く棒の如きもの」は、子規だったか虚子だったか、ひょっとして、俳人も風邪で年を越したのではないかと、この句に妙な共感を覚えた。

やり残したことを、この休日で挽回しようと、年内飛ばしたのがよくなかったのか、たくさんの荷物ともども年を越してしまった、というわけである。真に、棒のように、行く年来る年はつながっている。

新年になってやったことといえば、毎日1本のつもりで続けた映画の鑑賞および感想記作成くらいのことだが、元日に、「リハーサルの後で」、今日「歓喜に向かって」と、ベルイマン作品を立て続けに見て、なんだか余計に滅入ってしまった。「歓喜に向かって」はともかく、「リハーサルの後で」は、現役バリバリの演出家や俳優のための演技論、俳優論、演出家と女優の関係論、その上、男女愛憎論……と、「論」の展開に終始する。

背景は稽古場だけである。エルランド・ヨセフスン扮する演出家ヘンリックと、レナ・オリン扮する新進女優アンナが、殺風景な稽古場で延々、論を展開するのである。イングリッド・チューリン扮するアンナの母にして老残のベテラン女優ラーケルが亡霊として登場する場面は、アンナは幼児に成り変っているという仕掛けもあり、ラーケルがヘンリックに肉体を迫る場面があるが、他はすべてが現在進行形の会話である。

何ごとも起こらない、映画なのだ。その意味で、「リハーサルの後で」なのだ。ヘンリックとアンナが、この現在進行形の中で、セックスのひとつをしそうになるが、画面ではしない。ヘンリックの言葉の中に、それは易々(やすやす)と閉じ込められてしまう。

言葉のやりとりの中に、演出家と女優の実存的関係のドロドロが回収されてしまうから、観客は、視覚や官能といった生物学的な身体を解放されない。頭だけで映画を見なければならない。さらに言えば、ドメスティックな人物関係も息苦しいのである。
(2003.1.2)

監督 イングマール・ベルイマン
脚本 イングマール・ベルイマン
撮影 スヴェン・ニクヴィスト
美術 アンナ・アスプ
出演 エルランド・ヨセフソン / レナ・オリン / イングリッド・チューリン

(キャスト、スタッフは2020.08.29追記)

2020年8月28日 (金)

死んでしまった恋人(妻)との日々を回想する作品の眼差しには、悔いが漲(みなぎ)っている

歓喜に向かって
1949年
スウェーデン

「歓喜に向かって」は、1949年作。1918年生れのベルイマンだから30歳の作品ということになる。ベルイマンの長い映画製作のキャリアの中での初期作品だ。日本では劇場未公開だが、NHK・BS2ミッドナイトシアターで放映した。

2003年現在の眼で見ても、DV(ドメスティック・バイオレンス)とも受け取れる、男の女に対する殴打シーンは、愛の苦悩というベルイマンらしいテーマの中にも、霞まない。よりいっそう、ヴィヴィッドに見えてくる。

死んでしまった恋人(妻)との日々を回想する作品の眼差しには、悔いが漲(みなぎ)っているのである。この眼差しの中にこそ、ベルイマンがいる。
(2003.1.3)

2020年8月27日 (木)

「もだえ」その3 「もだえ」には、ぎっしりと、あちこちに、人がしばし考え込み、しばし対峙するであろうテーマが散りばめられている。

もだえ
1944年
スウェーデン

監督:アルフ・シェーベルイ、助監督:イングマール・ベルイマン、脚本:イングマール・ベルイマン、撮影:マルチン・ボデイン。
出演:スティーク・イェレル、アルフ・ケリーン、マイ・ゼッタリング、グンナール・ビョルンストランド。
日本語字幕:桜井文

ときどき、容易に通り過ぎることの出来ない映画というものがある。難解であったり、謎が残るため再度見なければならないものとか、感動し、もう一度その感動を味わいたいと思うものとかである。そのどちらの理由をもつ作品もあるが、「もだえ」(アルフ・シェーベルイ監督、イングマール・ベルイマン脚本・助監督)は、どちらかと言えば、後者に属する作品だ。この作品は、決して難解ではない。

「もだえ」には、ぎっしりと、あちこちに、人がしばし考え込み、しばし対峙するであろうテーマが散りばめられている。いつか、どこかで、この問題を考えたことがあり、取り組んだことがある、と思えるような普遍的なテーマが扱われている。青春の苦悩もそのひとつである。

しかし、なんと言っても、この作品の中で際立った影となっているのは、カリギュラという人間の存在感なのではなかろうか。主人公ヤーンが格闘する苦悩を飛び越えて、カリギュラ的なるものと格闘し、それを許容している社会へ、鋭い眼差しを送っているのは作品それ自体ではなかろうか。

カリギュラは、病理である。異常な病理である。そのカリギュラが、公立高校の教職にあり、社会を支配する仕組の一員になっていて、だれもその邪悪性を解き明かせない。それを見抜いているのは、生徒たちおよびベッタという女性だけである。学校も、警察も、医師たちも、カリギュラを断罪できないでいる。

(2003.1.5)

 

「もだえ」その2 この作品は、反抗する青春を描いたものではないのだ、と考え直す。社会へ旅立つ青年たちの、いわば通過儀礼としての女性体験、あるいは、人生の大いなる謎への初体験を描いたのだ。

もだえ
1944年
スウェーデン

イングマール・ベルイマンが脚本・助監督を担当した「もだえ」は1944年の作品。日本公開は、アート・シアター・ギルド(ATG)草創の年、1962年だ。ベルイマンは、この脚本で映画界デビューした。

公立専門学校の最終学年生のヤーンは、サディスティックなラテン語教師カリギュラに特別に目をつけられ、授業がやってくる度に、こっぴどい仕打ちにあっている。他の生徒も、みなカリギュラの授業に怯えきっていた。

カリギュラは、幼時に蒙った深いトラウマから、サディズムを患っていて、タバコ売りの娘ベッタに執拗につきまとう一方、公立学校のラテン語教師の能力を買われていた。ヤーンは、ある日、ベッタが酔いどれて家路を辿るのを見つけ、アパートに送ったことから、深い仲になるが、ベッタとカリギュラの関係には気づかないでいた。

ヤーンとベッタが真剣に愛しあうようになったある日、ヤーンはベッタがアルコールを飲みすぎて死んでいるのを発見する。その部屋のものかげから、取り乱したカリギュラが現われるが、ヤーンには、ベッタが殺されたとは思えない混乱の中にあった。

卒業試験に落ち、ベッタとの関係がカリギュラによって密告されたヤーンは、退学処分を受け、両親から咎(とが)められて、家を飛び出す。行き先は、亡くなったベッタのアパートだった。

あらすじは、こうなる。

この映画は、しかし、両親の元を飛び出し、初めて知った女=ベッタのぬくもりの残る部屋で暮しはじめるヤーンの物語、としては終わらない。この部屋に、校長が現われ、ヤーンへの力添えを申し出て、ヤーンもこの申し出を受け入れるというところで終わるのである。ベッタの愛猫を抱きかかえて、両親の元へ向かうヤーンの爽快な顔をアップで見せ、瀟洒(しょうしゃ)な家の建ち並ぶ、平和な街の坂道を降りていくヤーンの後姿を追い、終わるのである。

この終わり方に、はじめ違和感を感じたが、この作品は、反抗する青春を描いたものではないのだ、と考え直す。社会へ旅立つ青年たちの、いわば通過儀礼としての女性体験、あるいは人生の大いなる謎への初体験を描いたのだ。のこのこ両親の元へと戻って行くヤーンに、物足りなさを感じるよりも、希望のある形でヤーンに声援を送りたかったのだろう、と解釈した。

カリギュラの存在が全編を通じて、陽となり、影となり、サスペンスな画面を生み、1940年代スウェーデン社会の陰鬱さ(ナチスの暗喩なのかもしれない)を映すシンボリックな表現ともなって、曖昧さがなく、破綻のない構造をもった作品である。
(2003.1.4)

「もだえ」その1 ベルイマン1944年のニーチェ

もだえ
1944年
スウェーデン

「もだえ」(イングマール・ベルイマン脚本、助監督)には、ニーチェが2度、語られる。前半の、同級生サンドマンとヤーンが、劇場映画を見た後、コーヒーを飲みながら話す場面で、ちょっとした人生観を語り合う時が1回目。

サンドマンが、今見たばかりの映画のように、「山ほどの食い物と酒。2週間、部屋から出ない、ひたすら食って、女と寝るだけの生活」がしたいと話すと、ヤーンは、「快楽主義者だな。僕は違う。毎日、文章を書き、バイオリンを弾いて過ごす。恋人もほしいけど」と応じる。

ヤーンは、一人でもいいから、心から愛せる女がほしいと、理想を語るのだが、そのヤーンの純心をからかうように、サンドマンは「ニーチェいわく”女は魔性の存在”。 ストリンドベリイも」と、汚れなき乙女なんていやしないことを、諭(さと)す。

2回目は、エンディングに近い場面。ベッタの葬礼のシーンで、サンドマンがヤーンに、「前に、ニーチェのこと話したよな。”女は魔性だ”とか。考えが変わった。お前のおかげだ」と語るのである。

ベッタという女性の生と死を見たサンドマンは、考え方を改めるのである。この考え方は、この作品の眼差しの大きな要素であるようだ。

北欧キリスト教の強い影響を受けたベルイマンが、無神論者ニーチェを批判するのは当り前なのかもしれないが、女性=魔性でニーチェやストリンドベリイを持ち出すところは、ピントが外れた。わかりやすくていいのだろうが、ニーチェ誤読の種が散らばりかねない。「ベルイマン1944年のニーチェ」ということになるだろうか。
(2003.1.4)

2020年8月26日 (水)

カウリスマキの平凡ならざる眼差しは、平和な農民夫婦に都会の悪の手がしのび、家庭が崩壊するという悲劇をとらえながら、夫も妻も、最後には、一種の解放に辿りついている点にある

白い花びら
1998年
フィンランド

監督・脚本・製作:アキ・カウリスマキAki Kaurismaki、原作:ユハニ・アホJuhaniAho、撮影:ティモ・サルミネンTimo Salminen、音楽:アンシ・ティカンマキ。
出演:サカリ・クオスマネンSakari Kuosmanen、カティ・オウティネンKatiOutinen、アンドレ・ウィルムスAndre Wilms、エスコ・ニッカリEskoNikkai

映画説明:澤登翠、日本語字幕:天野ジュネット

アキ・カウリスマキ監督「白い花びら」(1998年、フィンランド)は、20世紀最後の無声映画である。原作の「YUHA」は、フィンランドの国民的作家ユハニ・アホの名作で、ベストセラーを記録した小説。NHK・BSは、澤登翠という活弁師による活弁入りで放映、カウリスマキ作品を損なわず、いっそう「こく」のある味を出している。

女房を寝取られた男のことを、フランス語でコキュということを知ったのは、遠藤周作の芥川賞作品「白い人」の中であったか、それをはじめて読んだのはかれこれ30年前のことである。記憶に間違いがなければ、「白い人」の中でである。調べるゆとりがないまま、こうしてHPにいきなりアップしてしまえる気楽さが、HPのよい点だ、なんて開き直って、調べるのは後日ということにするが、そのコキュをカウリスマキが扱うと、こうなるという映画が「白い花びら」である。

フランスのコキュが男に重心をおいているなら、日本では「思秋期の妻たち」というように女の側に焦点をあて、家に閉じ込められていた妻が女を取り戻し、自由を求めて旅立ち、さすらう――というのは、単純すぎる比較だが、カウリスマキの平凡ならざる眼差しは、平和な農民夫婦に都会の悪の手がしのび、家庭が崩壊するという悲劇をとらえながら、夫も妻も、最後には、一種の解放に辿りついている点にあるのではないだろうか。

妻を寝取った男シュメイッカに、鉈(なた)で対決する夫ユハには、陰鬱な響きやじめじめしたもの(ウェットさ)がなく、復讐の怨念のドロドロは隠れ、野太くまっすぐなユハにいつしか深い共感さえ覚える。妻マルハも、ユハとの間の子ではない、恋してしまった悪漢シュメイッカとの間に生まれたばかりの赤ん坊を抱きかかえ、ユハとの決別を宣言して、さっぱりしているのである。

(2003.1.25)

2020年8月25日 (火)

ロドルフォにとって、その花束は盗んだものではなく、ミミのためにだけ存在する。

ラヴィ・ド・ボエーム La vie de boheme
1992年
フィンランド

監督、製作、脚本:アキ・カウリスマキ、原作:アンリ・ミュルジェール、撮影:ティモ・サルミネン、音楽:ダミア、セルジュ・レジアニ。
出演: マッティ・ペロンパー、アンドレ・ウィルム、カリ・ヴァーナネン、イヴリーヌ・ディディ、ジャン=ピエール・レオ、サミュエル・フラー、ルイ・マル。 アキ・カウリスマキ監督

アキ・カウリスマキ監督「ラヴィ・ド・ボエーム」(LAVIE DE BOHEME )は1992年の作品。ものの本によれば、監督が構想に15年をかけたのは、アンリ・ミュルジェール(HenriMurger)の原作「ボヘミアン生活の情景」が、プッチーニのオペラ「ラ・ボエーム」によって「無残に歪(ゆが)められた」ことへの反発からだそうである。

舞台はパリ。売れない小説家、売れない画家、売れない音楽家の3人の男の自由気ままなボエミアン暮らしを、揶揄・皮肉抜きに、真正面から声援し、愛惜する眼差しが、いかにもカウリスマキらしく、けれんみのないつくりになった。

作品は、3人のボヘミアンをまんべんなく見渡しながら、画家ロドルフォと恋人ミミの物語を中心に据(す)えて展開する。アルバニア人である画家ロドルフォの天衣無縫(てんいむほう)の純真に、天涯孤独のミミはなぐさめられ、束の間の安穏(あんのん)を得るが、「愛だけでは生きていけない」といって、ロドルフォの元を去る。

いったんはロドルフォの元を去ったミミが、再び戻ってくるのには、夏が過ぎ、秋が巡り……。それ相当の時間がかかったのであるが、ロドルフォは、以前とまったく変わりのない態度でミミを受け入れ、しかし、自由気ままな画家稼業の姿勢も一向に変えない。そんなロドルフォにミミは、もう、「愛だけでは生きていけない」とは言えなかった。

ロドルフォの元に再び辿りつくまでに、ミミに何があったのか。映画は、この間のドラマを追わないが、高熱を得て、ミミは死んでしまう。ロドルフォのそばにいて暖かそうに死んでしまう。

作家マルセル、音楽家ショナールは、脇を固めている、といって言い過ぎではない。二人の男は、ロドルフォの理解者である以上に、同じボへミアンである。ロドルフォの身に起こっていることは、痛いほどよくわかるし、ミミとの関係がこの二人に起こっても同じことだといえるほどに、純真であり、気ままであり、自由である。

作品の眼差しは、徹頭徹尾、ボヘミアンの側にある。俗世間の常識の外側にある。ミミの死を看取るロドルフォの手には、他人の墓に手向けられた花束がある。ロドルフォにとって、その花束は盗んだものではなく、ミミのためにだけ存在する。ミミの死を医師から宣告されたとき、だから、ロドルフォはその花束を踏みにじるだけである。

エンディングに、突如、高英夫の歌う日本語の「雪の降る町を」が流れ、サミュエル・フラー、ルイ・マルが友情出演するなどの話題性をも楽しめる作品だが、プッチーニ歌劇の歪曲を糾した解釈の律義さを楽しめる作品でもある。
(2002.12.30)

2020年8月24日 (月)

フランスのフィルム・ノワール的クールさに、イギリスのアンガー・ジェネレーション的熱情をプラスし、その上に北欧独特の独立心旺盛な正義漢が加わったような人物が登場する

真夜中の虹
1988年
フィンランド

監督・製作・脚本:アキ・カウリスマキ、撮影:ティモ・サルミネン、音楽: ヨウコ・ルッメ。
出演: トゥロ・パヤラ、スサンナ・ハーヴィスト、マッティ・ペロンパー、E・ヒルカモ。
日本語字幕:細川直子

フィンランドの監督アキ・カウリスマキ「真夜中の虹」は1988年の製作で、続く「コントラクト・キラー」(1990)、「マッチ工場の少女」(1990)とあわせて、監督自ら「負け犬3部作」と称している3作品の第1作だ。

他の2作を見ていないが、「真夜中の虹」は、フランスのフィルム・ノワール的クールさに、イギリスのアンガー・ジェネレーション的熱情をプラスし、その上に北欧独特の独立心旺盛な正義漢が加わったような人物が登場する、不思議なテーストをもった作品である。これを、カウリスマキ風というのだろうか。

ラップランドの鉱山の閉鎖で希望をなくした父は、息子カスリネンに幌なしのキャデラックを譲り、自殺してしまう。「南へ行くしかない」とういう父の言葉の通り、カスリネンは、幌なしキャデラックで南への旅に出る。ヘルシンキに向かう途中で、強盗にあい、有り金のすべてを奪われて、泊まるあてもなくなったカスリネンは、離婚し、家のローン返済のため複数の仕事を抱え働きづくめの子連れ女性イルメリとその息子リキの暮らしに心打たれる。すぐに生活をともにするようになるが……。

偶然、件(くだん)の強盗を見つけたカスリネンだったが、駆けつけた官憲に暴行罪で逆に逮捕され、刑期1年半の判決を受け獄入りを余儀なくされる。同房のミッコネンとは気が合い、イルメリの差し入れた誕生日プレゼントの「ヤスリ」で脱獄した。二人は、国外脱出の資金繰りで銀行を襲い成功するが、脱獄ブローカーの裏切りでミッコネンは瀕死の重傷を負う。メキシコ行きの船アリエル号がやって来る真夜中の港で、途方に暮れる。ここでエンディングとなり、「オーバー・ザ・レインボー」が流れるというストーリーである。
(2002.12.29)

<アキ・カウリスマキAki Kaurismaki フィルモグラフィー>
フィンランド 1957年生まれ

過去のない男  2002 監督・製作・脚本
白い花びら    1998 監督・製作・脚本
浮き雲      1996 監督・製作・脚本
愛しのタチアナ  1994 監督・製作・脚本
トータル・バラライカ・ショー 1994 監督・製作
レニングラード・カウボーイズ、モーゼに会う 1994 監督・製作・脚本
Talking with Ozu 小津と語る 1993
ラヴィ・ド・ボエーム 1992 監督・製作・脚本
コントラクト・キラー 1990 監督・製作・脚本
マッチ工場の少女 1990 監督・製作・脚本
レニングラードカウボーイズ・ゴー・アメリカ 1989 監督・脚本
真夜中の虹    1988 監督・製作・脚本
ハムレット・ゴーズ・ビジネス 1987 監督・製作・脚本
パラダイスの夕暮 1986 監督・脚本
カラマリ・ユニオン 1985 監督・製作・脚本
罪と罰        1983 監督・脚本

2020年8月23日 (日)

ふと、こんな女性をどこかで見た覚えがある気がして来るのである。――アキ・カウリスマキ「浮き雲」のイロナのこと

浮き雲
1996年
フィンランド

アキ・カウリスマキ脚本・監督、ティモ・サルミネン、エリヤ・ダンメリ撮影、シエリー・フィッシャー音楽。
カティ・オウティネン、カリ・ヴァーナネン、エリナ・サロ

浮き雲とは、「ものごとの落ち着きの定まらない状態」の比喩表現であることが辞書に記されてある。

二葉亭四迷や林芙美子の小説のタイトルでよく知られているが、フィンランドのアキ・カウリスマキ監督の映画「浮き雲」は、原題から離れての命名なのであろうか。作品の内容が、字義通り「(ある夫婦の)落ち着きの定まらない状態」を描いたものであるだけに、少し気がかりである。それとも、浮き雲の比喩は、フィンランドにもあり、世界共通のものなのだろうか。

二葉亭や林芙美子の作品のタイトルというイメージがあり、やや古めかしい響きがある「浮き雲」を、映画のタイトルに使ったのには、意図するものがあったのであろうと、いまは、推測しておくだけである。

テーマはリストラである。リストラとたたかう夫婦の物語である。というより、リストラとたたかう女性の物語と言ったほうが適切だ。いや、この女性イロナ(および夫のラウリ)は、たたかわんとして必死であるというよりも、今日明日の暮らしをしのごうとするのに勇敢で、結果、たたかっている、という感じである。

カウリスマキは、イロナの怒りや悲しみや寂しさに寄り添いながらも、それを前面には出さないでいる。まるで「一筆描き」の水彩画を描くように、イロナをはじめとする登場人物との距離を測っているかのようである。

これは、運動や組織のない、「分断され、孤立した」一介の女性の生存競争への賛歌なのであろう。冷戦後の、たたかいの形なのであろう。けれんのない駒割り、前進するだけの時間、軽快なテンポのフェードアウト……など、静かな熱情を感じさせる作品である。ふと、こんな女性をどこかで見た覚えがある気がして来るのである。
(2001年8月6日記)

2020年8月22日 (土)

「連帯」は、一人の男の力で成し得た運動であるはずもない。無数のマチェックが、1989年のポーランド革命に結集したのである。

鉄の男
1981
ポーランド

アンジェイ・ワイダ監督、アレクサンデル・シチボル・リルスキー脚本、エドワルト・クオシンスキー撮影。
イエジー・ラジビオビッチ、クリスチナ・ヤンダ、マリアン・オバニア

ポーランドの長い、長い冬は、グダニスクに結集した自主管理労働組合「連帯」によって打ち破られ、やがてこの運動の波は東欧の全域に広がり、ついにはドイツのベルリンの壁をも崩壊させる原動力となった。

「鉄の男」は、50年代の労働英雄を父にもつマチェック・トムチックという男が自主管理労組を結成し、孤軍奮闘にはじまる苦難の闘いを経て、多くの労働者、学生、市民の共感・支持を得ていく過程および歴史的勝利までを描く。マチェックは、ワイダを世界に知らしめた「灰とダイアモンド」の主人公の名でもあることは、ワイダがポーランドの歴史の連続性を疑うことなく見続け、「灰とダイアモンド」のマチェックの死が犬死(いぬじに)ではなかったことを宣言する自らの眼への確信でもあるだろう。

「連帯」は、一人の男の力で成し得た運動であるはずもない。無数のマチェックが、1989年のポーランド革命に結集したのである。ワイダは、そのことを表現する方法として「灰とダイアモンドのマチェック」を「起用」したのだ。マチェック・トムチックの学友であり、放送技術者として登場するジデックのような、あるいは、「連帯」が勝利する歴史的瞬間に獄中にあるマチェックの妻アグニエシカ、あるいはアグニエシカの母ら、その性ほとんどまっすぐな労働者、学生、市民の無数の存在が「マチェックの歴史性」と連帯していたのだ。

それら無数のマチェックの崇高な闘いは、「人(の死)を踏み越えて(労働者は)権力に至る。だから権力はその跡を消したがる」という民衆の経験則、闘う人々が口伝えに学び取ってきた思想に支えられている。労働英雄ビルクード(マチェックの父)の埋葬シーンで、マチェックの妻アグニエシカの母が、そう語るのである。

映画は、「プチブル記者」ビンケルが警察権力に脅迫されて、マチェックを陥れる陰謀に組し、ジデック、アグニエシカ、その母らに取材を重ね、彼らの回想を組み合わせるという構成手法をとる中で、ポーランドの冬の時代に、労働者運動と学生運動が不幸な断絶状態を繰り返すことに触れる。マチェックは、虐殺された父の遺志を継ぐために、この断絶を克服する孤独な闘いに挑んだ経緯を明らかにするのである。

ビンケルが、最後には、警察の陰謀に組することを拒絶するが、ジデックに改悛の底を見透かされ、「消えてしまえ」とあしらわれるシーンのユーモアが、「地下水道」や「灰とダイアモンド」の時代との違いを物語り、エンディングのアンナ・プルクナルの血の叫びのような歌にも、かえってユーモアがあると言えば、不謹慎であろうか。
(2000.10.10鑑賞&記)

2020年8月21日 (金)

■イヴィカ・マティック監督「遺書―女のいる風景」■メモ3

きょうも、まだ、イヴィカ・マティック監督「遺書―女のいる風景」のことを考えている。思いついたのは、イソップ寓話の
「アリとキリギリス」である。

森林監督官=芸術家がキリギリス、村人たちがアリという図式になぞらえて、この作品を解釈できるのではなかろうか
と思い至った。どこか見覚えのある物語だなあと感じていて、なんだったのだろうなあと思い巡らすうち、ふと、「アリとキ
リギリス」がひらめいたのである。

よそ者であり、素朴絵画の絵描きである森林監督官は、キリギリスとは異なり、森林の管理という仕事をきちんとこなす
官僚でもある。だから、ヴァイオリンばかり弾いていて、冬になって困り果て、アリの宴会に出向いて、食べ物を所望す
るなんて無様はしない。衣食も足り、礼節も知っている大人の男である。絵を描くことが好きであり、そのために村の女
たちを口説いてモデルにするが、「色好み」でそうするわけでもない。

村人たちも、みんながみんな、アリのように炎熱下に働き、冬の備えに躍起になっているわけではない。朝から、アルコ
ールをたしなんでいる者もいれば、後家をたらしこんでいる悪漢もいる。イソップ寓話のような善悪画然としたティピカル
なアリばかりではないのである。

勧善懲悪の映画を作るわけにはいかないし、現代の寓話にするにはさまざまな意匠が要求されるのだから、これは当
たり前である。

森林監督官が象徴するよそ者=中央=近代が、ひとたびは村=地方=封建(前近代)へ受け入れられ、受け入れられ
たと思う間もなく、牛の一突きで呆気なく死んでしまうという骨格が、アリとキリギリスのストーリーと相似形をなしている
のである。

一陣の風のごとく、キリギリスはアリの村を吹き渡っては消え去った。「女たち」のスカートを、一瞬、めくってみせ、村の
男たちの嫉妬や怒りを露わにしてみせ、村を騒がせ、消えて行った。静かな村がいったん生き返り、やがて、元の「死
んだような」村になった。

イソップのアリたちは、冬場の宴会のさなかにふと静まり返り、「キリギリスの音楽が聴こえない」と顔を見合わせ、悄然
(しょうぜん)とするのだが、この映画の村人たちも、「あの人は行っちまった」とキリギリス=森林監督官の描いた絵を
十字架にして葬列を組むのである。
(2001.5.22)

イヴィカ・マティック監督「遺書―女のいる風景」■メモ2

そこにあるのは、酸いも甘いも分別できず、誠実さが愚鈍の域にまで達した「芸術家」への批判であると同時に――と、
19日付けで記したが、もしかして、「そこにあるのは、絵を描くことのいかなるものにも変え難い崇高さへの賛歌である
と同時に」と、するべきであったかもしれない。

イヴィカ・マティックという監督の作品「遺書」の背景を十分には知らずに、作品解釈を試みたから、とんでもない誤解で
あったかもしれないと、思い直してみたのである。

新婚初夜に、「裸におなり。全部脱いで」と妻に呼びかける夫の目的が、裸体を描くことであり、妻を抱かなかったとして
も、なお、この作品の眼差しには、それほどに「芸術」を愛する男への賛美があったと、受け取れるであろうか。そんな
「芸術家」だから、飼い牛に一突きされてあっけなく死んでしまう笑止千万ぶりに、賛歌を送っているのであろうか。

見えない。イヴィカ・マティックという監督の真意はどこにあるのだろうか。エミール・クストリッツアの、「遺書」へのオマ
ージュも見えない。森林監督官=芸術家への賛美か、批判か、見えない。そのどちらもあるような気もする。

森林監督官の葬列が、「絵の十字架」を背負う村人たちを映し出すラストに、その答はあるのであろうか。いずれにせよ、
不思議な感触の残る映画である。
(2001.5.21)

イヴィカ・マティック監督「遺書―女のいる風景」■メモ1 そこにあるのは、酸いも甘いも分別できず、誠実さが愚鈍の域にまで達した「芸術家」への批判であると同時に、陋習 に閉ざされ、ふてぶてしいまでに保守的な村社会への警鐘である。

遺書―女のいる風景
1976
ユーゴスラヴィア

イヴィカ・マティック脚本・監督。
ストーレ・アランデロヴィック、ボジタルカ・フラート。

イヴィカ・マティック監督「遺書―女のいる風景」は、エミール・クストリッツアが「私が死ぬ時、このフィルムを一緒に埋葬
してくれれば死ぬ事も怖くない」というオマージュを冒頭に掲げた作品だ。イヴィカは、27歳でこの作品を撮り、数々の
賞を得た後、死去した。

ユーゴスラヴィアのどこかの村に赴任してきた森林監督官の「似非文化観」「偽芸術観」を、ほとんど当人の地点に立ち
ながらも、決定的なところで断絶して笑い飛ばした作品のようだ。この笑いがなんとも「底深い笑い」である。クストリッツ
アが激賞する由縁(ゆえん)がわかるのである。

そこにあるのは、酸いも甘いも分別できず、誠実さが愚鈍の域にまで達した「芸術家」への批判であると同時に、陋習
に閉ざされ、ふてぶてしいまでに保守的な村社会への警鐘である。その2つの偽りに翻弄されて生きる女性たちの悲し
みにも連れ添いながら、イヴィカという映画監督は、冷徹な、しかも愛情に満ちた眼差しを向ける。

森林監督官と結婚する羽目になったルチアが、映画の観客に向かって、「あの人は行っちまった。髪の毛が抜けるよう
に」と言い、葬列に帰っていくエンディングのシーンは、笑いはじめたら止らず、笑わなかったらひどくもの悲しい気分を
手に入れるだけのものなのである。
(2001.5.19)

2020年8月20日 (木)

西側の女性マギーとスーザンは、それぞれ東側の男性と恋に落ち、結婚するが、エルジは行き過ぎる人々の「幸福」を支援しながら、自分自身の空しさにとらわれたままだ。

カフェ・ブダペスト
1995年
ハンガリー/ドイツ

「カフェ・ブダペスト」は、1995年作のハンガリー映画である(ドイツ合作)。フェケティ・イボヤという女性監督は、長い間、ドキュメンタリーを撮ってきた。この映画にも、ドキュメンタリーの要素がみなぎるが、「劇映画」デビュー作である。

ベルリンの壁が崩壊した1989年。ソ連東端のウラジオストクの港から、海を眺めている二人の青年ユーラとワジム。ユーラが言う。「もう少し東に進めば西側だ」。しかし、広大な海を前にして、二人は、「この道」を断念し、西への道をとる。1年後の1990年。こうしてユーラとワジムは、東欧と西欧の接点であるハンガリーの首都、ブダペストにたどり着くことになる。

ソ連型の共産主義体制から西欧型の民主主義国家に変わりつつあったハンガリーの都には、自由を謳歌する空気が広がっていた。多数のロシア人が流れ込むいっぽう、西側からも革命(後)を目撃しようとして、多くの外国人がやって来ていた。

「当時の気分を語るのは難しい。あり得ないことが突然起きたのだ」
「ハンガリーが西側に扉を開いたのを機にすべてが急に進行した。東欧が幸福に酔った日々、忘れえぬ時代」
――と、こうしてこの映画は、冒頭のナレーションがいう「気分」――が、語られていく。冷戦構造の崩壊を大上段でとらえるわけではない。

西側で「自分の力を試してみるんだ」という夢を抱いてブダペストの駅に降り立ったセルゲイ。激動するヨーロッパを見ようとブダペストを訪れているイギリス人女性マギー。マギーの友人のアメリカ人女性スーザン。この3人に、ユーラとワジムを加えた5人は、町にあふれる外国人たちに部屋を安く提供する下宿屋の中年女性エルジを介して、束の間の交感を交わすのである。これに、フリー・マーケットで物品や情報の仲介をして稼ぐ、ソ連からの出稼ぎ男らの物語もからまる。

「幸福に酔った日々」はしかし、経済的混乱、マフィアの台頭、民族紛争の芽生えなど、背後に進行する負の側面に侵蝕されはじめる。セルゲイは、チンピラ・マフィアの銃弾に倒れ、ワジムは、ユーラ&マギーの結婚を機に自身の目的を見失ってブダペストに取り残される。情報屋はマフィアから逃れるために、妻子の待つロシアに帰ってしまう。西側の女性マギーとスーザンは、それぞれ東側の男性と恋に落ち、結婚するが、エルジは行き過ぎる人々の幸福を支援しながら、自分自身の空しさにとらわれたままだ。

ドラマ性が前面に出る劇映画というより、歴史の流れを日常的人間関係のディテールに目を向けて、叙事詩的に描いた作品である。
(2002.7.6)

2020年8月19日 (水)

消えやらぬ悲鳴に 耳を貸さぬ我々がいる

夜と霧
1955年
フランス

「夜と霧」は1955年の作品。アラン・レネ監督の名を世界に知らしめた30数分のドキュメンタリーである。アウシュビッツ、ベルゼン、ダッハウなどで行われた、ナチスの残虐行為の記録映像をモンタージュしつつ、廃墟と化し雑草のはびこる強制収容所の現在に立ったカメラが、「捉え得るものは何か」を自ら問う「映画」である。

人間のなした罪業の、目を背けたくなる残虐の数々を凝視するカメラおよびカメラを通じた映像作家の眼差しに、ブレや揺らぎや起伏はない。怒りや悲しみや憎しみすらも、前面に出てくることはない、と言ってよいだろうか。敢えて言えば、終盤、ナレーションが、1945年の敗戦、連合軍の到着、解放の推移を語る間、累々たる死体の山をブルドーザーで埋めている映像が流れ、悪の頂点が捉えられたと思える部分がある。

月並みな言葉しか出てこないが、全編を通じてあるのは深い絶望であり、いま目前にしている映像は「我々」の現実の問題である、という視点である。

作品は、跡地の現在の風景をカラー映像で捉え、次のナレーションを添えて、終る。

火葬場は廃墟に
ナチスは過去になる
だが900万の霊はさまよう

我々の誰が
戦争を警戒し 知らせるのか
次の戦争を防げるのか

今もカポが将校が
密告者が――
隣りにいる

信じる人 あるいは信じない人
廃墟の下にある死んだ悪魔を
見つめる我々は
遠ざかる映像の前で
希望が回復した振りをする

ある国のある時期における
特別な話と言い聞かせ――

消えやらぬ悲鳴に
耳を貸さぬ我々がいる


ナレーション  ミシェル・ブーケ
原作・脚本  ジャン・ケイロール
音楽  ハンス・アイスラー
編集  アンリ・コルピ、ジャスミン・ジャスネ
撮影  ギスラン・クロケ、サッシャ・ヴィエルニー
製作  エドゥアール・ムスカ
監督  アラン・レネ

日本語字幕   橋本克己

(2002.10.19)

2020年8月18日 (火)

その2 偽夫婦を装った二人が、いつしか共感し、ついに結ばれてしまう

コンフィデンス 信頼

1980

ハンガリー

 

監督 イシュトヴァン・サボー(Istvan Szabo)、原作エリカ・サント 、脚本イシュトヴァン・サボー、エリカ・サント 、撮影ラホス・コルタイ。出演イルディコ・バンシャーギー、ペーター・アンドライ

日本語字幕 竹松圭子

 

「ハンガリアン」(ゾルタン・ファーブリ監督)の3年後の1980年に製作されたのが、イシュトバン・サボー監督の「コンフィデンス 信頼」である。

 

サボーという名は、ハンガリー人によくあるようだが、このサボーは、1956年のハンガリー動乱以後に活躍しはじめる一群の文学者・作家たちの一人として名高い、あのイシュトバン・サボーその人であろうか。

 

「コンフィデンス 信頼」は、俗に言うと戦時下の不倫ということになってしまうが、わかりやすく言えばそう言ってもよい、というテーマを描いている。

 

ドイツ=ナチスの追っ手から逃げた夫と離れ離れになった主人公の女性は、夫のレジスタンスの仲間の助けを得て、ハンガリー人老夫婦の家に寄宿している男(やはりレジスタンスである)の妻を装って、一緒に暮らす。この男にも、離れ離れになっている妻がいる。偽夫婦を装った二人は、突然、訪れた境遇から諍(いさか)い、争って暮らすうちに、いつしか共感し、ついに結ばれてしまう、という、ここまでは、よくありそうなストーリーである。

 

 

「兄さんという人が帰って来たよ」と寄宿先の老オーナーが言い、次の瞬間、女は夫と抱擁し、こちらに顔を向けたまま、何をかに思いを巡らせる。アップの顔。止めどない涙が頬を伝う。偽の「夫」が呼ぶ声が、女の頭の中を飛び交っている――

 

「コンフィデンス 信頼」(イシュトバン・サボー監督)のエンディングである。離れ離れになっていた夫が、夫婦を装って暮らしている老夫婦の家を訪れたのは、ナチスの敗退が進んでいるからだ。レジスタンスの一員である警察官パルは、市街地での反ナチ派による残虐行為を目撃し、憤激、絶望のあまり、地下活動から身をひき、二人の前から行方をくらます。

 

戦争からの解放が迫っているさなか、偽装した「夫婦」関係は本物化し、二人は愛しあいはじめ、肉体関係をもった。そこへ、女の本物の夫が現われるのである。女が見せる涙は、何を意味しているのだろう。それは、女でなければ、理解の届かぬことだから立ち入れないし、立ち入らない。

 

エンディングのこのシーンには、しかし、どこかしら、ユーモアが感じられるのである。二人の男、一人の女それぞれの心のうちには、悲哀、絶望、無念さが渦巻いていることは間違いない。しかし、それらを俯瞰している映画監督の眼差しには、「あっ、夫が帰って来ちゃった」と、自ら物語を作ったにしては、距離を置いたような、乾いたユーモアがある感じなのである。

 

これは、「ハンガリアン」の、あの「やぶれかぶれ」の男たちの心情に似ている。悲劇的な現実を繰り返し繰り返し蒙(こうむ)ってきたにかかわらず、その上、解放され帰郷したその日に召集令状が届き、やけくそになって肩を組んで国歌を合唱し、ヨロヨロと、しかし果敢に召集列車に乗り込んでいく、ハンガリー男たちへの励ましに似た眼差しである。

 

二人の男(夫と「夫」)に愛され、二人の男(夫と「夫」)を愛した女。よく考えてみれば、これほど、幸せな女はいない、と作品は声援を送っている。そう解釈できなくもない映画である。

2002.12.21 

 

現在、ロードショー公開中の「太陽の雫」で、イシュトバン・サボー監督は、あるハンガリー人家族の3世代にわたる物語を大河小説風に映画化している。ハリウッドに招かれて撮った第1作だ。

 

「コンフィデンス」を撮ったイシュトバン・サボーは、「メフィスト」(1981年)、「ハヌッセン」(1988年)を監督しているから、「太陽の雫」と合わせ、その映画手法や考え方、「眼差し」といったものの全体像が見えはじめる。

2002.12.22 

 

その1 ナチス占領下のハンガリー。解放の瞬間。

ハンガリアン 

977  

ハンガリー

 

ゾルタン・ファーブリ監督

 

約1年の出稼ぎから解放され、ようやく帰郷したハンガリアンへ、泣きっ面の蜂さながら届けられる召集令状。かれらは、やぶれかぶれに祖国の歌を肩を組んで歌う。召集列車に乗り込んで、窓から顔を出したところを、パチリと記念撮影すると、それが遺影となる――というエンディング。

 

イントロには、

愚かな我々に栄光はなく

旺盛な食欲があるのみだ

だが常にまっすぐな心を失わない

希望よハンガリー国民に扉を開け

ヨーゼフ・アッティラ「ハンガリアン」より

――という字幕がある。

 

アッティラといえば、ゲルマン民族の大移動のきっかけをつくったフン族の王の名と記憶するが、きっと、マジャール=ハンガリアンとフン族は無縁ではないのだろう。悠々たる歴史を、ハンガリアンは有しているのだ。ヨーゼフ・アッティラは、名だたる国民詩人にちがいない。

 

その詩人の詩を冒頭にかかげ、この映画は展開する。ドイツでの農業労働を、苛酷というよりも、むしろなんなくやり遂げてあっけらかんとしているハンガリアンを描く。むしろ苦難の深刻さを前面に出さない映画の眼差しがある。だから、ナチスの敗色が濃厚になり、契約期間が満了になって、帰国を果したハンガリアンたちを見て、だれしもほっとするのである。

 

その、ほっとした瞬間の召集令状。映画の眼差しは、ここにある。そして、やぶれかぶれの国家合唱。それに、遺影……。希望よハンガリー国民に扉を開け、とアッティラの詩を謳うのは、監督自らでもある。

2002.12.17

ハンガリー映画を2本立て続けに見た

「コンフィデンス」(イシュトバン・サボー監督)と「ハンガリアン」(ゾルタン・ファーブリ監督)の二つの作品のエンディングは、解放の瞬間で終わる。解放とは、この場合、ナチスの敗北を意味する。

 

しかし、この解放の瞬間に、「コンフィデンス」は主人公の女性が夫と再会しているさなかに、離れ離れになった愛人が帰還するという皮肉をもって終わり、「ハンガリアン」は、ドイツへの出稼ぎをようやく終え、故国に帰還したハンガリアンたちに召集令状がもたらされるという皮肉をもって終わる――という、どちらも単純な結末とはならない。

 

ハンガリー人が辿ってきた苦難の歴史を、両監督とも、ユーモアを感じさせるほどに、一定の距離感をもって眺め、共感し、愛惜している。深刻でいて、どこかおかしいのである。おかしいようで、どこか、深刻である。

2002.12.16 

2020年8月17日 (月)

被害者づらした加害者を、決して見逃さない眼差し

パサジェルカ
1963
ポーランド

アンジェイ・ムンク監督、ゾフィア・ポスムイシュ脚本、タデウシ・バイルド音楽。アレクサンドラ・シュロンスカ、アンナ・チェピェレフスカ、ヤン・クレチマール
カンヌ映画祭国際批評家連盟賞

ポーランド カポ--。囚人の中から選ばれた看守。その「よじれた」加害者性と被害者性を凝視する監督の冷徹な眼差し。その眼差しは、39歳で自動車事故死した監督アンジェイ・ムンクの友人3人が引き継いだ。

ナチス強制収容所の残虐・野蛮のかぎりを告発した映像はあまたあるが、この作品の眼差しはカポという存在そのものの内部に向いている。それは、平和が訪れた「現在」も、磨耗させ、風化させてはならない「わたくしたち」自身の問題であり続ける。人間が、いつこの二重性から抜け出ることができるかという課題は、だれの問題でもあるからだ。

高校生のときに、新宿アートシアターで見て以来、30年を過ぎているが、少しも色褪せていないのは、残虐シーンの羅列に留まらない映像作り、とりわけ実存内部への眼差しを堅持するムンクの遺志を受け、余分な「創造」を排した編集の勝利と言えるであろう。
(2000.5.2記)

2020年8月16日 (日)

Z―古代ギリシア語で「彼は死なない」という意味をもつ

Z
1969年
フランス=アルジェリア

コスタ・ガブラス監督、バシリ・バシリコス原作、ミキス・テオドラキス音楽。イブ・モンタン、イレーネ・パパス、ジャン=ルイ・トランティニャアン、ジャック・ペラン

軍政下のギリシアを1974年、ぼくは旅した。軍事クーデターがどのように起こったか。その前段階の左翼政治家暗殺事件が、軍部および王室および警察権力および司法権力および「地中海的右翼」(テオ・アンゲロプロスの言葉)らのからまる巨大な権力機構によって仕組まれことを暴く判事らの活動が勝利し、勝利する過程で盛り上がる平和主義運動がクーデターにより圧殺された事実を、ガブラスは亡命先のフランスで撮らねばならなかった。ぼくが旅したのはクーデター後5年ほど経ったギリシアであった。

ニコス・カザンザキスの墓は、クレタ島イラクリオンの小さな広場の片隅に追いやられ、粗末な丸太2本の十字架だったし、メリナ・メリクーリらも亡命的生活を余儀なくされていた。エンディングのナレーションが、軍政が禁じたものを列挙する。長髪、ミニスカート、ソフォクレス、トルストイ、ソ連に乾杯、ストライキ、アリストファネス、イオネスコ、サルトル、アルビー、ピンター、新聞の自由、社会学、ベケット、ドストエフスキー、現代音楽、ポピュラー音楽、現代数学、そして「Z」。その意味は、古代ギリシア語で「彼は死なない」--と。「彼」は暗殺された代議士を指しているが、彼を支持する無数の反体制・反軍政の市民の心をも指しているのは言うまでもない。
(2000.3.26記)

2020年8月15日 (土)

青年は、ゾルバにより、女を知り、世界の入口に立った。生きているうちに、エーゲを渡るものは幸いなるかな。

その男ゾルバ
1964
ギリシア

マイケル・カコヤニス監督・脚本、ニコス・カザンザキス原作、ミキス・テオドラキス音楽。
アンソニー・クイン、アラン・ベイツ、イレーネ・パパス、リラ・ケドロワ

「生きているうちにエーゲを渡るものは幸いなるかな」――と、原作にあるカザンザキスのことばを読んだのは、ぼくがギリシア旅行(1974年)から帰ってからのことだった。クレタ島の小さな丘にある公園の片隅に2本の丸太を組んだ十字架があり、それがカザンザキスの墓だった。軍事政権下、カザンザキスは国内では認められていなかった。

映画「その男ゾルバ」は、カコヤニス渾身の名品と言ってよいだろう。物語は、父の遺産である山をクレタ島に所有する文学青年バジルが、亜炭の産出するその山の採掘のためにクレタを訪れ、ゾルバと出会い、坑夫として雇う中で、ゾルバの奔放で経験豊かな人柄から人間・人生の片鱗を知っていく。採掘の仕事は、最後には失敗に終わるが、因習渦巻く村の人間関係にあっても、熱情とか誠実とか正義といったアポロン的なるものを失わずに楽しく生きるゾルバに「生きる」ことの意味を学びとる、という筋書きである。

というより、「つるはしが似合う」「字を書けない」「酒と女がこの上なく好き」「人生は楽しむもの、どうせ死んでしまう」「生きることとは踊り、歌うことだ」と考えているような男に、「机に座っているのがよくに合う」「女を知らない」「本が好きな」「誠実な」「資産家の青年」が人生を教えられ、最後には、二人、肩を組んで踊る、という物語と言ったほうがわかりやすい。、

最大のできごとは、村の一人の未亡人をめぐる、欲望と禁欲あい半ばする争いであり、この争いの原因に主人公バジルが絡んでいる。村のボス格にある男マブランドニの息子パブロが、未亡人への禁じられた片恋に陥るが、バジルはゾルバに「励まされ」、未亡人には「誘われて」ついに関係してしまうのである。その事実を知ったパブロは、海に身を投げ死んでしまう。息子への復讐の意味を持つ殺戮劇がはじまる。ゾルバの制止を振り切ったマブランドニの手によって、衆人環視の中、未亡人はクレタン・ナイフで殺される。

ギリシア悲劇の手法を思わせる未亡人役のイレーネ・パパスの身のこなし、源氏物語と共通する「待つ女」のあわれさ、陶片追放(オストラキズム)と呼ばれる古代ローマの風習が名残る因習など、ミキス・テオドラキスの音楽とともに見逃せない、聴き逃せないシーンが連続する。ぼくは、テオドラキスのこの音楽を聴くために、この映画を見ると言っていいくらいに、サンドゥリやブズーキの軽快で悲しい音色が好きだ。

ゾルバと、年老いたもう一人の未亡人オルタンスの「結婚」というストーリーも、本筋の殺人悲劇に振幅を与え、ゾルバとバジルの友情には深度を加えている。モノクロの画面が、人間およびクレタの風光の陰翳(いんえい)を深めてもいる。ゾルバが、しばしばバジルに言い聞かせる「女性観」は、書き抜いて床の間に飾っておくくらいの価値がありますよ、青年諸君!
(2000.10.20鑑賞&記)

2020年8月14日 (金)

晩年のニーチェが奏でる悲しみのピアノ旋律

ルー・サロメ 善悪の彼岸
1977年、
イタリア・フランス

リリアーナ・カバーニ監督、アルマンド・ナンヌッツィ撮影。ドミニク・サンダ、エルランド・ヨセフソン、ロバート・パウエル

ニーチェは、神の死を猛々しく宣言したのではない。そんな当たり前のことが理解されていないことが不思議でならないが、カヴァーニの視線は、ルーを共感をもって、というか、ほとんど同位置に立って、眺めることに成功している。ニーチェ晩年の孤独を、これほどにリアルに描き、ピアノの音色をかくも悲しみに満たしたのも、神の死が悦ばしいことがらなのではないことを知っているからであろう。
(2000.3.5記)

2020年8月13日 (木)

ビクトル・エリセ「マルメロの陽光」とモ-パッサン「ピエールとジャン」の序「小説について」 ――日本語を書くために

<1>

「ピエ-ルとジャン」は、モ-パッサンが1887年12月から88年1月に雑誌に発表した。同年、それを
単行本化するにあたって、「小説について」という小説論をこの作品の序として冒頭に置いて刊行され
た。川端康成が引用したのは、この「小説について」からであった。

モ-パッサンが、なぜ小説作品の前に小説論をわざわざ配置したのかという疑問には、いま向かわな
い。「新文章読本」で川端康成が引用した「小説について」は、そこに書くことの要諦が簡潔に抜粋さ
れていて、それは、なんらかのかたちで書く仕事やその他の創造的な仕事に関わっている人々へのヒ
ントに満ちているので、ここで読んでおきたいと考えた。

まず、川端が引用した部分を記しておく。

--われわれの言おうとすることが、たとえ何であっても、それを現すためには一つの言葉しかない。
それを生かすためには一つの動詞しかない。それを形容するためには一つの形容詞しかない。され
ばわれわれはその言葉を、その動詞を、その形容詞を見つけるまで捜さなければならない。決して困
難を避けるために良い加減なもので満足したり、たとえ巧みに行ってもごまかしたり、言葉の手品を使
ってすりかえたりしてはならない。どんな微妙なことでも、ボワロウの「適所におかれた言葉の力を彼
は教えぬ」という詩句の中に含まれる暗示を応用すれば、いいあらわすことができる。

これを読んで、文章を書くことのみならず、絵を描くこと、音楽を演奏すること、俳句をひねり出すこと、
車の外形をデザインすること、設計図を書くこと--など、あらゆる創造の瞬間に行われているに違
いのない習練の厳しさ、あるいは要求されている眼力の正確さを感じないでいられるだろうか。すくな
くともぼくはそういったことを感じた。そこで、もっと詳しく知りたくなった。音楽でいえば、あの音でもなく
その音でもなく、この音だと思える音を瞬間瞬間捜し出すようなことであり、車のボディデザインでは、
万の単位の線から1本の放物線を選り分けるようなことである。

モ-パッサンは、師ルイ・ブイエや師フロ-ベ-ルから教わったことを反芻しながら、ものを見る眼を
培い、小説を書き、名をなし、そして、これから小説を書こうとしている若い人々に書くことの基本を伝
えようとした。噛んで含めるように書かれた、その達意の文章が、翻訳であっても伝わってくる。

そこのところをすこし抜粋しておこう。川端康成が「新文章読本」で引用した少し前のところで、モ-パ
ッサンは、フロ-ベ-ルから教わった言葉としてこんな風に書いている。

--才能はながい辛抱である。問題は表現しようと思うすべてのものを、だれからも見られず言われ
もしなかった面を発見するようになるまで、十分ながく十分の注意をこめてながめることである。

--どんなささいなものでもいくらかの未知の部分を含んでいる。それを見つけようではないか。

--燃えている火、野原のなかの1本の木立ちを描写するのに、その火なり、木に向かって、それが、
もはやわれわれにとって、他のいかなる木、いかなる火にも似ていないようになるまで、じっと立って
いようではないか。

ここまで書いてきて、スペインの映画監督ビクトル・エリセの作品「マルメロの陽光」のことが、電撃的
に思い出された。

(1999.10.30改稿)

<2>

「マドリッド・リアリズム」と呼ばれるスペイン具象画の巨匠アントニオ・ロペス・ガルシアが、自宅の庭に
自ら育てたマルメロの木を写生している。およそ3メートル高に育ったマルメロの木には、果実がたわ
わに実を結び、緑濃い葉むらの中にライト・イエローの光を放っている。太陽光線が、そのマルメロに
燦々と降り注ぐ午前中の約2時間が、画家の心をもっとも惹きつける至福の時間である。マルメロの
頂点の輝きをキャンバスに写し取ろうとして、画家は毎日毎日、雨の日でさえも、マルメロの木の前に
立つ。

ビクトル・エリセ監督の「マルメロの陽光」(1992年、スペイン)は、「1990年9月20日土曜、秋、マドリッ
ド」と字幕されたイントロによって、ロペスとマルメロとの「対峙」の、その記録を開始した時刻を告げる。
秋は次第に深まり、冬が訪れ、マルメロは落果し、土に帰っていくが、春が来てはまた新芽を吹き……。
画家は、その時間をもう何年間もマルメロの生と死とともにしている。だが、1度も、画家の満足のいく
陽光(ひかり)を捕らえることはない。

マルメロの陽光 EL SOL DEL MEMBRILLO
1992年
スペイン

監督:ビクトル・エリセ、製作:マリア・モレノ、原案:ビクトル・エリセ、アントニオ・ロペス・ガルシア、脚
本:ビクトル・エリセ、撮影:ハビエル・アギレサローベ、アンヘル・ルイス・フェルナンデス、音楽:パスカ
ル・ゲーニュ。
出演:アントニオ・ロペス・ガルシア、マリア・ロペス、カルメン・ロペス、マリア・モレノ、エンリケ・グラン、
ホセ・カルテロ、エリザ・ルイス
日本語字幕:吉岡芳子、竹村文彦

この映画が写した1990年の試みでも、陽光の頂点とマルメロの結実の頂点と、それを描くキャンバス
上の進捗が追いつかずに、カーボンによるデッサンへと切り替えた画家ロペスを映し出す。映画監督
エリセは、画家ロペスになんら指示を与える関係になく、画家ロペスのマルメロへの対峙の形相を
淡々と写し取るだけである。

この対峙こそ、映画の中で、中国人ジャーナリストがロペスにインタビューを試みるシーンで語るよう
に、愛なのだ。この愛は、周辺に犠牲を強いるようなマニアックなそれではなく、日常の中にあり、愛犬
シベリアン・ハスキーの、改築工事で出稼ぎに来ているポーランド人3人の青年の、妻マリアの、長男、
長女次女の、同僚エンリケの……生活に溶け合い、相互に干渉しあうことはない。

結末部で、妻マリアの描く油絵のモデルとしてベッドに横たわったロペスは、まどろみに入る。ここで、
監督エリセの演出というべき、ロペス自身のナレーションが入る。ロペスは、次のように語る。

ここはトメリヨソ
私は生家の前にいる
広場の向こうに
見たことのない木々がある
マルメロの濃い葉むらと
黄金色の実が見える
木々の間に両親と私……
ほかの人も一緒にいるが
だれかは分らない
さざめき、談笑、語らいの声が聞こえてくる
私たちの足はぬかるみに
埋まっている
果実は枝についたまま
刻々しわが寄り
軟らかくなっている
やがて表皮にしみが広がり
動かぬ空気に発酵した香りが漂う
私に見えているものを
ほかの人も見てるのだろうか
マルメロの実が
光のもとで熟れて腐っていく
その光は
鮮烈なのに陰を帯び
すべてを鉱物と灰に
変える光
それは夜の光でもなく
黄昏の光でもない
夜明けの光でもない

(2003.3.30)未完

<3>

ビクトル・エリセが「マルメロの陽光」(1992年)で描き出そうとしたものは、ある偉大な画家の創作にお
ける狂気というものでなければ、創作技法の秘密を覗き込んだものでもあり得ない。では何だったの
か、という問いには、映画を見れば容易に答えが見つかるから、それには答えないでおこう。

ここでしばらく考えておきたいことのひとつは、フランスの小説家ギイ・ド・モーパッサンが、自作「ピエ
ールとジャン」を単刊発行した時に、まるでまえがきかなにかのように「小説について」と題した論考を
つけたのだが、その内容に直接連なっている「マルメロの陽光」についてである。

映画「マルメロの陽光」(ビクトル・エリセ監督、1992)は、画家アントニオ・ロペス・ガルシアが、マルメロ
の実や葉が太陽の光を浴びて輝く様を描こうとする姿を、1990年の秋から翌年の春にわたって追い
かける。この間の映画の眼差しは、画家の身辺雑事におよぶ生活にはいっさい向かわず、画家が絵
に対している時間だけに向かっている。家族との食事や団欒とか、入浴とか、近所付き合いといった
「雑事」は、極力、殺ぎ落とされている。

だからといって、映画の眼差しが、画家の「美的生活」に焦点を結んでいるのでは、毛頭、ない。映画
が向かっているのは、画家が絵を描くという行為そのものである。作品行為それ自体である。さらにつ
け加えるならば、アントニオ・ロペス・ガルシアという画家の作品方法論への言及にも力点がある。こ
の言及なしに、画家アントニオ・ロペス・ガルシアは描けない、と映画の側が見なしたところの作品方
法論への力点というものである。絵を描くこととはどのようなことなのか、アントニオ・ロペスはどのよう
に描くのか、といった技法上の問いを映画の眼差しは持っているようである。

映画が、画家自身に絵を語らせている部分がいくつかあるが、そのひとつは、中国人女性ジャーナリ
ストのイタンビューを受けるシーンである。ジャーナリストは、アントニオ・ロペスが、デッサンを写真の
模写からはじめないことに触れて問いかけると、

「僕はこの木といることがうれしいんだ。結果としての作品より大切でね。写真にこんな楽しみはない。」
――あなたは、この木を愛しておられる。
「もちろんです。」
――それに構図が緻密で独特の強い印象を与えますが。

という応答になる。

この応答あたりから、ジャーナリストと画家は、丁丁発止の対話に入り込んでいく。
画家は、意を得たり!とばかりに、

「それはこの絵に限らず、シンメトリーが生む秩序が好きだからです。木を画面の中央に置き、視野の
中心を画面の中央に置く。」
――多くの画家は対象を中心に置かない。ふつうは嫌がられますからね。
「でも木が中心にあることによって、木が存在感と威厳を獲得する。人間と同じで木は中心に置く。空
間の美学的ゲームとは無縁になる。中央に木が存在して、シンメトリーによる秩序を得る。」

*「 」内はロペス、――はジャーナリストの発言

(2003.4.5)

ビクトル・エリセの映画「マルメロの陽光」は、作品を生み出すということの内実についての、もうひとつ
の内実である。映画という作品がまた、作品を生み出すということの内実にもなっている作品なのであ
る。

ここで、わたしたちは、川端康成が「新文章読本」で触れたギイ・ド・モーパッサンの小説「ピエールとジ
ャン」の冒頭の論考「小説について」に立ち返ることになる。

川端康成が「新文章読本」で引用した少し前のところで、モ-パッサンは、フロ-ベ-ルから教わった
言葉としてこんな風に書いている。

――才能はながい辛抱である。問題は表現しようと思うすべてのものを、だれからも見られず言われ
もしなかった面を発見するようになるまで、十分ながく十分の注意をこめてながめることである。

――どんなささいなものでもいくらかの未知の部分を含んでいる。それを見つけようではないか。

――燃えている火、野原のなかの1本の木立ちを描写するのに、その火なり、木に向かって、それが、
もはやわれわれにとって、他のいかなる木、いかなる火にも似ていないようになるまで、じっと立って
いようではないか。

(2003.4.5)

――問題は表現しようと思うすべてのものを、だれからも見られず言われもしなかった面を発見するよ
うになるまで、十分ながく十分の注意をこめてながめることである。

この文章を読みながら、「マルメロの陽光」の画家の営みを見返してみる。

――どんなささいなものでもいくらかの未知の部分を含んでいる。それを見つけようではないか。

この文章を読みながら、「マルメロの陽光」の画家の営みを見直してみる。

――燃えている火、野原のなかの1本の木立ちを描写するのに、その火なり、木に向かって、それが、
もはやわれわれにとって、他のいかなる木、いかなる火にも似ていないようになるまで、じっと立って
いようではないか。

この文章を読みながら、「マルメロの陽光」の画家の営みを振り返ってみる。

フローベールが、弟子のモーパッサンに伝えようとした努力は、「マルメロの陽光」の画家の努力と変
わりがない。新進のモーパッサンは、師の言葉、師の教えを誠実に実行し、スペインの巨匠は来る日
もくる日もマルメロの木の前に立つ。

見ることとは、いったいどんなことなのだろうか。
見た、ということとはいったい何をいうのだろうか。
見たことを言葉にするとは……。
見たことを描くということとは……。

「マルメロの陽光」の画家は、太陽光線に翳りの現われる晩秋、油彩を断念する。そして、木炭による
デッサンへと切り替える。「あきらめも肝心です」と笑いながら、ジャーナリストに応じるその顔に無念
の表情はない。おそらく、モノクロームのキャンバスには、「他のいかなる木、いかなる火にも似ていな
い」火が見えている。

(2003.4.6)完

2020年8月12日 (水)

スペイン内戦は、父と祖父を互いに敵にした

エル・スール ー南ー
1983
スペイン・フランス

ビクトル・エリセ監督、アデライダ・ガルシア・モラレス原作、ホセ・ルイス・アルカイネ撮影。
オメロ・アントヌッティ、ソンソレス・アラングーレン、イシアル・ポリャン、オーロール・クレマン

スペイン内戦が終結したころに生まれた娘エストレーリャは、内戦そのものを知らない。父アグスティンの手紙の端に、「イレーネ・オリス」という女性の名が書き連ねられてあるのを盗み読みしてから、エストレーリャは、父の謎に関心を抱き、その苦悩の根底に父の故郷である「南」で起きた悲劇(と愛の物語)を知る――。結末は、父の自死を受け止めるエストレーリャの回想だが、すでにエストレーリャはその意味を深く理解し、深い悲しみゆえに抑制した声で語る。

幼時のエストレーリャ、成人間近のエストレーリャを演じる俳優は異なるが、ナレーションは一貫して、エストレーリャの口による。

父アグスティンは共和派、祖父はフランコ派に分かれざるを得なかった内戦で、アグスティンはフランコ派の勝利とともに獄入りの苦渋を味わい、そのさなか、イレーネとの愛が進行した――。「南」で起きた悲劇は、エストレーリャの聖体拝受日にやって来た父の乳母ミラグロスや祖母の口を通して以外に知り得ないことがらだった。

エリセは、ストーリーを前面に添えず、エストレーリャとミラグロス、エストレーリャと母フリア、エストレーリャと父アグスティンの会話の端々で語らせる。うっかりすると聞き逃しかねない会話が埋め込まれているため、画面は猥雑さが極力排され、張り詰めた緊張が漂うのである。言葉、映像が向かうところは、「ミツバチのささやき」同様、ここでも、「終わりを告げていない内戦」というテーマである。
(2000.9.16鑑賞&記)

2020年8月11日 (火)

ミツバチの羽音の奥底から湧き起る悲しみの旋律……。やがて、光満ちるときが訪れる。

ミツバチのささやき
1972年
スペイン

ビクトル・エリセ原案・脚本・監督。アナ・トレント、イザベル・テリェリア、フェルナンド・フェルナン・ゴメス

こういう映画をぼくは映画と呼びたい。こういう映画が好きである。無駄のない画面、巧みな展開、詩情あふれる映像、見終えたものに問いが残される物語--100枚程度の純文学を読んだようなピュアで深い感動が残る。それは、単なるエンタテインメントなのではない。スペイン内戦という重々しいテーマを扱っている。

スペイン内戦は、ビクトル・エリセにとって、表現行為の根源に横たわる原基のようなものだろう。単なる題材を超えたもの。それゆえに表現し、それ以外のもののために表現する意味のない。そのために表現し、それ以外のもののために表現する意味を持たない。しかし、それを表現する方法は、それをそのまま指し示すのではなく、あたかも影のような存在として露わにするのである。こうして、画面に緊張がみなぎる。どんなに些細な茶飯事であっても、その影を帯びる。ミツバチの羽音にさえ、スペイン内戦が映し出されるのである。それがもたらした悲しみとどのように向かい合えばよいのか、その問いを問い、それに答えようともしている映画なのである。
(2000.3.12記)

2020年8月10日 (月)

「愛し合うのに互いを知る必要なんかないわ」とビットリアが語るときの、男の戸惑いがなんとも可笑(おか)しい。

太陽はひとりぼっち
1962年
イタリア

ミケランジェロ・アントニオーニ監督、トニーノ・グエッラ脚本、ジョバンニ・フスコ音楽、。モニカ・ビッティ、アラン・ドロン

ビットリア(モニカ・ヴィッティ)が心を開くとき、目が数段、大きくなる。いつもは、うすら笑みを浮かべた物憂い表情が、感情をあらわにすることがある。ケニア人のダンスに興じる場面、ピエロ(アラン・ドロン)に口説かれる結末のシーンなど。それ以外は、「幸福感」を感じられない女であり続けるのだ。アントニオーニは、彼女を描き、愛の不可能を追求するとともに、その可能な一瞬をも見せたのである。「人は、何故、質問ばかりするの?愛し合うのに、互いを知る必要ないわ。愛し合う必要もないかもしれない」と彼女が語るとき、男はなんと答えることができるだろうか。やがては、別離が待っているしかない。ピエロとの愛のさなかに、すでに溝は生じていた。冒頭、リカルドに気持ちを問われたビットリアが答える「わからない」という言葉だけが、確かなことだ。
(2000.3.25記)

2020年8月 9日 (日)

恋人サンドロが娼婦を抱いているところに出くわしてしまったクラウディアの悲しみと不安が、サンドロをいたわるクラウディアの手のアップに映し出される

情事
1960年
イタリア

ミケランジェロ・アントニオーニ監督、トニーノ・グエッラ、エリオ・バルトリーニ、ミケランジャロ・アントニオーニ脚本、アルド・スカバルラ撮影、ジョバンニ・フスコ音楽、。モニカ・ビッティ、ガブリエル・フェルゼッティ、レア・マッサリ、ドミニク・ブランジャール

モノクローム クラウディア(モニカ・ヴィッティ)は、「不安の愛」の中にいる。愛の不安の中にいる。ようやく、幸福な瞬間を迎えた矢先、サンドロ(ガブリエル・フェルゼッティ)が娼婦を抱いている場面を目撃してしまうのだ。逃げ出すクラウディアを追いかけるサンドロ。2人が、うらさびれた広場のベンチで言葉なく、対面する結末のシーンはせつない。サンドロの目から大粒の涙が頬を伝う。クラウディアがサンドロの肩に手をやり、いたわる…。その白い手の「表情」が、クラウディアの「愛の不安」を映し出す。アントニオーニのまなざしが、ここにも鮮明に現われている。

冒頭で、地中海の小さな島の荒涼とした原野を、行方不明になったアンナを家族、親友(クラウディア)、恋人(サンドロ)らが総出で捜す場面がある。彼らのすべてがアンナを求めて彷徨うよう姿を俯瞰するまなざしと、結末の、この手を凝視する監督のまなざしは同じである。

「夜」(1961)では、ジャンヌ・モローが、泣きながら愛の不安を訴えるシーンがあり、「太陽はひとりぼっち」(1962)とともに、よくいわれる「愛の不毛」3部作を構成している。
(2000.3.19記).

 

2020年8月 8日 (土)

ブリジッド・バルドー演じる脚本家・ポールの妻カミーユが、濃いアイラインを強調した巨大な目で、夫に軽蔑の眼差しを送るシーンが、こ・わ・い。怖い。恐ろしい。

軽蔑
1963
フランス

ジャン・リュック・ゴタール監督・脚本、アルベルト・モラヴィア原作、ラウール・クタール撮影、ジョルジュ・ドルリュー音楽。
ミシェル・ピコリ、ブリジッド・バルドー、ジャック・パランス、フリッツ・ラング

「勝手にしやがれ」(1959)と「気狂いピエロ」(1965)の間に撮った、ゴタール初の「オールスター商業大作」。モラヴィアの原作を選び、ブリジッド・バルドーや巨匠フリッツ・ラングをキャスティングするなど、「金」(かね)がかかったらしいが、そんなこととは無縁にゴタールの「地」が出ている感じがある。

モラヴィアの小説に、オデュッセウスの比喩があるのかどうか、不明を恥じるばかりだが、映画「軽蔑」の基調にはゴタール特有の韜晦(とうかい)あるいは衒学(ペダントリー)として、オデュッセウス(ユリシーズ)論が置かれている。それを、映画の中の映画監督役であるフリッツ・ラングに語らせるという趣向をとりつつ、主役の脚本家ポールとその妻カミーユの関係、ことさら妻の夫への「軽蔑」に目を向けるのである。

ブリジッド・バルドー演じる脚本家・ポールの妻カミーユが、濃いアイラインを強調した「巨大な目」で、夫に軽蔑の眼差しを送るシーンが、こ・わ・い。怖い。恐ろしい。身の毛がよだつ。このシーンを見るだけで、この映画は鑑賞されたことになる、といってよいくらいである。

この眼差しを、言葉のプロである夫の脚本家が気がつかない。モラヴィアの原作では、どのように表現されているのか、たとえ表現されていたとしても、言葉の海、散文という「全体性」の中では、ごく限られた一節に過ぎないであろう。映像は、それを一瞬にして、1コマのうちに捉えてしまうのである。

映画は、カミーユが、プロデューサー・プロコシュの誘いに応じて、カプリ島ロケ現場をモーターボートで去り、プロコシュの愛車である真紅のアルファ・ロメオでアバンチュールがはじまる途端、タンクローリーと衝突して、2人とも即死する場面で終わる。

軽蔑される(愛されない)理由の分からない男への、憐憫(れんびん)や不倫への断罪などといった「意味」をここに見出すのは早計というものであろう。そう早合点するのは勝手であり、そのように見る観客へのサービスもないとは言えないが、ゴタールはあくまで映像の実験にこだわり続け、文学(=言葉)をそのために援用するスタンスを保つのだ。

とはいえ、脚本を自ら書き下ろすことは変わらず、限りなく文学に近い映画を、「軽蔑」でも撮ったということは否定できない。ヨーロッパ人の「父」であるオデュッセウスを下敷きにして、妻と夫、女と男の「愛」に迫ったのも、今世紀最高の小説「ユリシーズ」(ジェームズ・ジョイス)への対抗意識の表れであるかも知れない。

<メモ>作品中の監督役フリッツ・ラングが語るユリシーズ観。カプリ島ロケの合い間にラングは脚本家の質問に答える。このシーンを書いているのはゴタールである点に注目しておこう。

「ユリシーズの性格を変えるなんてバカげている。神経症の患者じゃない。彼は、素朴で、狡猾で、大胆な人物なんだ。」
(おもしろい考えですね)
「帰国するまでに10年かかっている。」
(戻りたくなかったんだ。論理的です)
「非論理が論理に反するのは論理的と言える。コルネイユのシュレナの序文だよ。祖国イタカへの帰還を急がなかったのは、妻との不幸な生活のせいです。トロイ遠征の以前から2人の間はうまくなかった。」
(幸福なら遠征しません)
「戦争を口実に妻を避けたんだ。」
(だが、妻への求婚者を次々と殺したよ)
「それは説明できます。最初ユリシーズは、求婚者は放っておけと妻に言います。彼らが真剣に言い寄っていると思わず、醜聞を恐れ、追い払わなかった。彼は妻の貞節さを知り、求婚者の親切を許すのです。この瞬間、ペネロペイアは単純な女なので、彼を軽蔑します。夫の態度ゆえに愛せなくなった。ユリシーズはこのとき、自分の慎重さによって、愛を失ったとやっと気づく。妻の愛を取り戻すには求婚者を殺すしかない。死は結論とはなり得ない。」

(2000.11.11鑑賞、11.15記)

2020年8月 7日 (金)

文学性は豊穣であるが、映像と拮抗し、拮抗の果てに映画の中に後退していくといってもよい。

気狂いピエロ
1965
フランス

ジャン・リュック・ゴタール監督・脚本、ラウール・クタール撮影、アントワーヌ・デュアメル音楽。
ジャン・ポール・ベルモンド、アンナ・カリーナ、サミュエル・フラー、レイモン・ドボス

ピエロは現代のランボーなのだろうか。

日本の年代でいえば、「勝手にしやがれ」は60年安保、「気狂いピエロ」は70年代安保の時代ほどの年代差を経て制作されたが、両者は同じ路線での作品だ。異なるところといえば、カラー作品である「気狂いピエロ」が、カラーであるゆえに、より多くの「ノイズ」を映像の中に取り込んだという点、「勝手にしやがれ」の手法がより洗練され、より振幅を広くしたという点などであろう。

ストーリー性を前面に打ち出さず、フェルディナン(ピエロ)とマリアンヌの言葉のやりとり、身振りのやりとり、行為のやりとりの「密度」で押してゆく手法も、両者は同様である。「気狂いピエロ」の場合の「密度」は、フェルディナンとマリアンヌ、ジャン・ポール・ベルモンドとアンナ・カリーナという虚構と現実の2人の言葉=感性と知性によってもたらされる。「勝手にしやがれ」のジーン・セバーグよりも、「気狂いピエロ」のアンナ・カリーナのほうが、より撮影現場でのアドリブを生成し易かったことにも注目しておきたい。

「気狂いピエロ」におけるゴタールの引用は多岐にわたり、引用された言葉だけをたどっていけば、あやうく「学問芸術博覧会」の様相を帯びるが、そうはいかない。あくまで、映像へのデザイン、コラージュという技法に包含されていく。文学性は豊穣であるが、映像と拮抗し、拮抗の果てに映画の中に後退していくといってもよい。

ベラスケス、ボードレール、ルノアール、モジリアニ、夜はやさし(スコット・フィッツジェラルド)、スタール、ウィリアム・ウィルソン、ピカソ、ゴッホ、ロバート・ブラウニング、ジョイス、ジュール・ベルヌ、「ペペル・モコ」、コンラッド、スティーブンソン、ジャック・ロンドン、フォークナー、レイモンド・チャンドラー、「カッサンドラ」、そしてランボー。

ぼくが、理解できた引用だけでも以上の通りだ。暗喩や象徴を含めれば、観客が見過ごしてしまう引用は、ほかにも多量にあるだろう。これらに、足を掬(すく)われないで、フェルディナンとマリアンヌの「愛」の行方を凝視し続けることのほうが、困難である。その上、2人は、観客に語りかけてくるではないか。

だから、「見つけた。何を。永遠を。それに海を。そして太陽を。」(地獄の季節)と、ランボーに収斂しておかないと、作品自体が危うくなったのではないか。これで、ひとまず、映画であり続けたのではないか。

文学・哲学・美学、絵画、ドキュメンタリー(戦争・政治)などの「混沌」を抱え込み、いま一歩というところで難破しかねない寸前の地平に立って、「気狂いピエロ」は、映画史の「新しい波」(ヌーヴェル・バーグ)として定着した。

マリアンヌがフェルディナンから逃亡するモーターボートのデッキで、男と交わす濃厚なキスにかっとくる観客は、その少し前のシーンで交わされた2人の会話に戻ってみたい。

フェルディナン:君は1人で待っている。そこへ僕が後から入ってくる。君にとって僕は、以前から存在し、苦悩している。つまり、僕を思って生きる君がいれば、それで生きている僕がわかる。
マリアンヌ:あなたは言葉で語る。わたしは感情で見つめてるのに。
フェルディナン:君とは会話にならない。思想がない。感情だけだ。
マリアンヌ:違うわ。思想は感情にあるのよ。

終局でフェルディナンがダイナマイトで爆死するシーンは、「勝手にしやがれ」のリリシズムは消えうせ、リアルな狂気に満ちている。
(2000.11.3鑑賞&記)

パトリシアが抱え込む不安や疑問や苦悩は、その都度、ミシェルの「言葉」によって、受け止められ、応答され、パトリシアは次第にミシェルを「獲得」していくのである。

勝手にしやがれ

1959

フランス

 

ジャンリュック・ゴダール監督・脚本、ラウール・クタール撮影。

ジャン・ポール・ベルモンド、ジーン・セバーグ、ダニエル・ブーランジュ

 

この映画を見ていない者は「モグリ」だ、などと言うつもりはないが、現代映画の最高峰にあり続けることは間違いない。映画史上の金字塔といえば、ワイダの「灰とダイアモンド」あたりしか、このほかに見出せない。そんなステレオタイプな表現にも耐えうる作品である。

 

なんというリリシズム!――しばらくぶりに見ての発見。機関銃から飛び出す銃弾のように、ミシェルが紡ぎ出す言葉は、現代のランボーを描き出そうとしたかのようなゴダールの詩性によるものなのか。まったくそんな意図はないのか。どっちでもいいことだが、背中に銃弾を撃ち込まれたミシェルが逃げるラストには、叙情が満ちている。もう少し乾いたイメージを長い間持っていたが、今度見て、そう感じた。そのことは、アントニオーニやトリュフォーらと、決して対立的ではないテーマへの希求を感じさせた、ということである。

 

小説家が小説とは何かという発問自体をその作品の中で表現しようとするように、映画監督は映画とは何かを映画作品の中で訴えようとする。ゴダールが、この映画で見せた「映画論」は、結末に向かって収斂(しゅうれん)していく物語であり、不可逆な時間の流れに極めて従順だ。それは、作品への多様な解釈を許さない作家の「メッセージ」が鮮明に盛り込まれていることを意味する。その意味で、シンプルと言えるし、モノフォニックとも言える作品である。そして、その色調はリリカルでもあった!

 

ただ、アントニオーニのような「愛の不毛」ではなく、ここには確実に「それ」が成立していた瞬間がある点が大きな違いである。パトリシアが抱え込む不安や疑問や苦悩は、その都度、ミシェルの「言葉」によって、受け止められ、応答され、パトリシアは次第にミシェルを「獲得」していくのである。もう一歩のところで失ってしまうことになるが、失う寸前にパトリシアはミシェルを「自分のもの」にしたのである。

2000.10.30鑑賞&記)

2020年8月 6日 (木)

パトリシアが抱え込む不安や疑問や苦悩は、その都度、ミシェルの言葉によって、受け止められ、応答され、パトリシアは次第にミシェルを獲得していくのである。

勝手にしやがれ

1959

フランス

 

ジャンリュック・ゴダール監督・脚本、ラウール・クタール撮影。

ジャン・ポール・ベルモンド、ジーン・セバーグ、ダニエル・ブーランジュ

 

この映画を見ていない者は「モグリ」だ、などと言うつもりはないが、現代映画の最高峰にあり続けることは間違いない。映画史上の金字塔といえば、ワイダの「灰とダイアモンド」あたりしか、このほかに見出せない。そんなステレオタイプな表現にも耐えうる作品である。

 

なんというリリシズム!――しばらくぶりに見ての発見。機関銃から飛び出す銃弾のように、ミシェルが紡ぎ出す言葉は、現代のランボーを描き出そうとしたかのようなゴダールの詩性によるものなのか。まったくそんな意図はないのか。どっちでもいいことだが、背中に銃弾を撃ち込まれたミシェルが逃げるラストには、叙情が満ちている。もう少し乾いたイメージを長い間持っていたが、今度見て、そう感じた。そのことは、アントニオーニやトリュフォーらと、決して対立的ではないテーマへの希求を感じさせた、ということである。

 

小説家が小説とは何かという発問自体をその作品の中で表現しようとするように、映画監督は映画とは何かを映画作品の中で訴えようとする。ゴダールが、この映画で見せた「映画論」は、結末に向かって収斂(しゅうれん)していく物語であり、不可逆な時間の流れに極めて従順だ。それは、作品への多様な解釈を許さない作家の「メッセージ」が鮮明に盛り込まれていることを意味する。その意味で、シンプルと言えるし、モノフォニックとも言える作品である。そして、その色調はリリカルでもあった!

 

ただ、アントニオーニのような「愛の不毛」ではなく、ここには確実に「それ」が成立していた瞬間がある点が大きな違いである。パトリシアが抱え込む不安や疑問や苦悩は、その都度、ミシェルの「言葉」によって、受け止められ、応答され、パトリシアは次第にミシェルを「獲得」していくのである。もう一歩のところで失ってしまうことになるが、失う寸前にパトリシアはミシェルを「自分のもの」にしたのである。

2000.10.30鑑賞&記)

2020年8月 4日 (火)

思い出シネマ(1992~2002)一挙掲載

CINEMA DIARY

19922002

 

  •  

ファー・ノース

サム・シェパードの監督第1回作品。思わず、声をあげて笑って見た。D・リンチに負けない面白さである。

1992928

 

  •  

フランス軍中尉の女

苦しさを紛らすために、「フランス軍中尉の女」を、5、6軒のレンタル店を探して、ようやく見つけ、9時から見る。あまりにも、共鳴できて、余計に苦しくなる。ハッピーエンドがなんとも羨ましいが、メリル・ストリープが「昔の女」と重なり、胸の疼きをかき乱してしまうのだ。

199313

 

美しい諍い女

4時間バージョンを見る。モデルがさらけ出した真実の顔は、冷淡で非情なものであった。傑作は描かれたが、日の目をみることもなく、永遠に封印されてしまうのである。しかし、少女は、きれいね、という感想を述べたのである。マリアンヌとリズと異なる感想を述べたことの意味は何だったのか。封印することが、登場人物6人の現在の関係を破壊という方向にではなく、深化という方向に行くことを暗示したことに納得できるが、いまいち疑問の残るところである。

199321

 

赤い航路

ロマン・ポランスキー監督。主役のミミは奥さんのエマニュエル・セイナー。この女性を見たくて観たようなものであった。

199327

 

氷の微笑

ポール・バーホーベン監督。シャロン・ストーン、マイケル・ダグラス。

きれる女の冷たさともろさ。危なくないと感じない--という感性は買いである。

199328

 

仕立屋の恋

パトリス・ルコント監督。

「髪結いの亭主」よりは好きな映画である。女に裏切られた男が言う。「僕は君を恨んでなんかいないよ。ただ、死ぬほどせつないだけだよ」。 そして、濡れ衣を自ら引き受けるようにして、刑事から逃亡し、力尽きて、屋根から落ちて死んでしまうのである。 ほんとうにせつない映画であった。

1993211

 

ボヴァリー夫人

1991年、フランス。MADAME BOVARY。愛の遍歴というには、あまりにもあわれな結末であった。クロード・シャブロル監督。

人のいい夫の、変わらない、しかし、平凡で退屈極まりない生き方に、エマは最期まで支えられている。LOVEは、エマをその平凡さからの逃避を誘う。いや、逃避というより、手応えのある生を生きたかっただけである。退屈な日々は、エマを精神不安にさせるだけであったのだから--。

1993212

 

アンナ・カレーニナとほとんど変わらないテーマである。時代背景が異なることくらいが、違う点である。いや、アンナの場合はもっともっとLOVEへの希求が純化されている。アンナはカレーニンと子供との生活を特別に不満を感じていたわけではない。精神的な不安もなかったのだ。好きな男と出会ってしまっただけである。ボヴァリズムと世にいわれるものは何なのか。アンナの場合も最後には、自殺してしまうのだ。

 

エマを自殺に追いやったものはなんだったのか。男の裏切りか。その時代の社会悪に対して、無垢の情熱が敗北したということか。夫への裏切りを自ら許せなかったということか。いずれでもない感じがある。エマ・ボヴァリーが示した愛の幸福と不幸をどのように読み取らねばならないのか。人は人生になにを求めているのか--という大上段から考えねばならないことなのか。純粋無垢であることの危険を訴えているわけでもないはずである。無垢の情熱を生かすことのできなかった男たちへ、あるいは社会へ、あるいは人間へ、フローベールは説教したかったわけでもない。

 

シャブロルも同じであろう。かわいい女を描きたかったわけでもない。哀れみを送ったわけでもない。一人の女性の生き方の困難さを通じて、やはり愛の希求のせつなさや美しさや醜さ--人間そのもの、女性そのものを描いた、と言えば、抽象的過ぎるであろうか。きれいごとに過ぎるであろうか。

 

「仕立屋の恋」と「髪結いの亭主」の話。

「髪結いの亭主」は女性が愛の頂点でその愛を封印してしまう話である。愛の終わりを見たくない女性--髪結いと、それを見てしまった男--仕立屋。

1993213

 

ポンヌフの恋人

レオス・カラックス監督。ジュリエット・ビノシュ、デニス・ラバント。

誠実、野性、純朴の勝利。ただそれだけ。

1993216

 

シティー・オブ・ジョイ

ローランド・ジョフィ監督。

一人を愛するのって苦手で--、相手が大勢のほうがいいの。--ジョアン。

19933.14

 

コレット--水瓶座の女

ダニー・ヒューストン監督。マチルダ・メイ、バージニア・マデセン、マリア・クラウス・ブランダウアー。

コレットが成功し、別れた夫と再会したときに言う言葉。やり直せないわ。愛も憎しみも消えたのよ。自由になれたのよ--。

1993319                                                          

 

コックと泥棒、その妻と愛人

P・グリーナウエイ監督。

欲望の果ては人食いとなるが、食えない。ピストルを突きつけられ、ようやく食う主人公のアルバート。得も言われぬ表情をした途端、妻の銃弾に倒れるのである。ブラックな暖かみと冷たい笑いがある。暴君の末路の哀れさ。

1993320

 

ハワーズ・エンド

ジェームズ・アイヴォリー監督。アンソニー・ホプキンス、エマ・トンプソン、ヘレナ・ボナム・カーター。久々にいい映画。

 --力になりたいの。

 --では、漕いで。

 --だって、私たちそういうやり方はしないもの。

1993517

 

ストレートノーチェーサー

セロニアス・モンクのビデオ。ネリー夫人と、ニカ・ド・ケーニスウオーター男爵夫人に送られる遺体の寂しさと満足そうな表情。

199382

 

ベティーブルー

ジャン・リュック・ベネックス監督。

2度目になるが、衝撃的な映画であった。ベティーを殺してしまうことに、抵抗感があるが、作品の完結性のためには仕方の無いことかもしれないと思い直す。『タワーリング・インフェルノ』の監督でもあったか--。

19931128

 

7月4日に生まれて

オリバー・ストーン監督。青い海、砂浜、太陽--と、トム・クルーズがメキシコ行きを夢見て言う場面で、ある女性を思い出す。政治から、まったく隔絶されたパラダイスとしての自然。Tはそれを楽しむために生まれてきたような無垢な女性である。

1993125

 

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グレート・ブルー

リュック・ベッソン監督。

 

リドリー・スコットのデュエリストを思い出す。宿命のライバルの友情とその末期の優しさ、悲しさ。ネオ・ヌーベルバーグの旗手の一人ベッソン。ジャン・ジャック・ベネックス、レオス・カラックスらと並んでいる。

1994114

 

愛のあとに

ディアーヌ・キュリス監督。フランスの女流監督。

第一人者的存在とある。生々しい男女関係を、どろどろとは表現しないで、しかし、こじんまりとではなくまとめた、いわば散文精神に貫かれた作品。結婚が離婚の始まりである、というテーマが真摯に追求されていて、ユーモアさえあるところが不思議なリアリティーを感じさせる。

1994115

 

愛を弾く女

1992年、フランス。

エマニュエル・ベアール主演。

名品と呼んでいい映画であった。

 

独身を貫く男の心理--という見方はあまりにも俗物的だ。不可能な愛--というには、愛そのもののどろどろが描かれていない。では、何なのか。会えてよかった、私もよ--と言って分かれていくラストシーンの哀切さがなんともいえない。抱いて、と言われて、愛していない、と応じた男の心のなかにあるもの。ハードボイルドロマンのヒーローみたいでもある。

 

監督は何を言いたかったのか--と考えるのは、野暮というものである。映画が十分にそれを語っている。切ない。切ない。それだけの男と女のことがらなのでもない。抵抗しようにもなく生じてしまった、不安定な愛情を、秩序のもとに切り捨てたわけでも、また、ない。ヒントは、男が本当に愛した恩師を安楽死させたという出来事の中にある。理性の勝利を、では、歌い上げたのだろうか。いや、それも違う。

 

愛情を持たずに、人を殺せるわけがない。また、その夫婦の愛情を、男は理解できている。女は、アルチザンの男とのつかの間の心の交流を経験し、アルチストとしてひとまわり大きくなって旅立ったのだ。やむを得ざる出会いと別離の切なさと優しさ--。人が生きるということの、そう多くはない、儚い交歓の一瞬を、切り取って見せた短編小説のように思われるのである。

 

バイオリン製作の職人とバイオリン弾きという設定が、いっそうそのテーマを際立たせた。一分の狂いも許されない技術者と、愛を表現しなければならない芸術家の瞬間的な交錯と別離を、愛の視座から見ている。佳品といえよう。それにしても、ロバート・デ・ニーロに似た男優はいったいだれなのか。

 

勝ち気だが、まっさらな女の子だった--。

だが同時に強い個性を感じさせた。

彼がいてくれないとまるで自分が存在しないみたい--。

抵抗できない。私も努力したわ。でも離れない--。

199424

 

ゴッホ--謎の生涯

ロバート・アルトマン監督。ティム・ロス、ポール・リース。

 

小林秀雄のゴッホ論、小川国夫のゴッホ、そして、この映画。19世紀末のパリに受け入れられなかった天才の生涯が、粉飾なく描かれていて、楽しめた。ゴーギャンとの生活が、ゴッホにもたらした精神的破綻は、実際はさまざまに絡む状況があったにせよ、的確に描かれていたと思えた。ゴッホの拙い料理に文句をつけ、自ら作って見せるゴーギャンを、ゴッホは、僕の絵が嫌いなんだ、と察知してしまう場面は、ゴッホの異常性か、鋭い感受性の問題なのかは不明だが、印象的である。

 

アルトマン・メモ--M★A★S★H/1970、

ギャンブラー/1971、

ロング・グッバイ/1973、

ナッシュビル/1975、

ゴッホ/1990、

ザ・プレイヤー/1992

最新作はショート・カッツ。アメリカ映画界の良心--。永遠の反逆児。

199425

 

夢の涯てまでも

ビム・ベンダース監督。

 

豚と天国

1989年、ペルー・スペイン合作。フランシスコ・ロンバルディ監督。三つの階級それぞれの地獄。希望というものが一抹もないペルーという国の一断面。

 

エンジェル・アット・マイ・テーブル

ピアノ・レッスン

ホリー・ハンター主演。ニュージーランドの女流。ジェーン・カンピオン監督。

 

嵐ケ丘

ピーター・コズミンスキー監督。ジュリエット・ピノーシュ。ラルフ・ファインズ。シンニード・オコナー。坂本龍一音楽。

 

壮絶な情念の世界に緊迫したエロティシズムを盛り込む。ヒースクリフが、最後にキャサリンに言う。そばにいてやれ--。ヘアトンのそばに、である。このとき、ヒースクリフの内面には、不思議な変化が起こっていた。アーンショウ家を乗っ取り、これから復讐の刃をヘアトンやキャサリンに向けようとしていたにもかかわらず、その気が失せていったのである。それは間違いもなく、キャサリンの存在であった。キャシーへの愛ゆえに、キャサリンをキャシーと間違えるほどに、錯乱状態にあったヒースクリフの最期は、キャシーとともにあるということで、瞬間的に安らかな顔をしていたのかもしれない。

 

ヒースクリフはヘアトンに生まれ変わり、キャシーはキャサリンに生まれ変わり、輪廻が起こるかに見えた物語は、コズミンスキー監督によって、再生の物語へと仕立てあげられたのだ。愛と暴力というテーマを、単なる復讐劇に終わらせず、積極的に現代的解釈を施して、原作を損なわずに再構築した。エミリー・ブロンテが生きていたら、そうです、そうです、と頷いたに違いのない名品といえそうだ。

 

それにしても、俳優の演技の素晴らしさはなんといったらいいか。ヒースクリフを演じたラルフ・ファインズの、眼差しの演技は、映画史上に残る名演の一つと言っても過言ではないだろう。ファインズはシンドラーズ・リストにも出演している。冒頭と結末に出てくるエミリー・ブロンテを演じているのは、なんと、シンニード・オコナーである。

1994417

 

ガーターベルトの夜

ヴィルジネ・テヴネ監督。ジュザベル・カルビ、アリエル・ジュネ、エヴァ・イオネスコ。1984年、フランス。

 

俳優の実名と役名が同じであった。誠実でうぶで女のいうことを何でも聞く、若い青年アリエル。人生の平穏を嫌い、退屈を嫌い、刺激を求めて、刹那的に生きる女性ジュザベル。好対照の二人は、女性のリードで夜の街へ出かけ、ポルノショップ、ストリップショー、個室ビデオ、ブーローニュの森--そこはいまや健全な恋人たちの愛の語らいの場であるより、オカマ、ホモの溜り場である--などへ出かける。ストリップを見ながら、彼女は青年の背後から、ペニスを掴み、快楽を誘ったりもする。

 

青年は明日から、友達と給水塔の写真を撮りに行くことになっているが、街への冒険の過程でスリに時計をやられ、オカマには金を財布から抜き取られるなど散々な目にあう。彼女は、かつての恋人フレデリックとホモ関係を結ばせ、青年の金を捻出させようとする。その段取りまでしてやった彼女は、外で青年を待つ間に、恋心に気づくのである。同時に青年にもそれが分かり、愛しいひと、と彼女が立ち去るのを追いかけ、告白する。洒落た作品。青年には、不感症の女性もいる。舞台をパリの現代風俗の真っ只中に設定した。日常的な流れの中に、妙なリアルさの漂う女流監督の作品である。

 

愛ってなにが大切だと思う。誠実かな。恋愛しているときに誠実になるの。いやね。人生で大事なのはセックスの快楽よ。あるいはほかの場面で、大事なのはセックスだけ。それ以外は妥協よ。もっとも人生なんて妥協だけど。始めは、こういって、瞬間的な快楽を求めることを最高のことと考えていたジュザベールが、青年を頽廃の遊びに案内していくうちに、その深みで見出すもの。実は、それこそ、彼女の心の底に存在した揺るぎないものへの願望であった。退屈なもの、つまりアリエルという青年、男そのものであった。

 

彼女は刺激的なものに退屈してしまったかのようですらある。それは、彼女が思っていたセックスの快楽とは異なるものであったのか。そのことをアリエルにおいて実現できると感じたのか。彼女は言う。アリエル、どうやら、わたし、恋に落ちたみたい。家に帰りましょう。そして、ジュザベールの部屋で二人は結ばれる。翌朝、サイフから金を盗まれたことに気づいたアリエルを、フレデリックのホモの相手にしようとする彼女。しかし、その前にもう一度セックスを楽しむことも忘れない彼女。段取りがつき、アリエルとフレデリックを残し、外のベンチで待つ彼女を襲う孤独。むらむらと沸き起こる恋心をもう一度確認した瞬間の、苛立ちと揺れ。ベンチに腰かけ、髪を掻き毟る、その演技が印象に残る。 善悪の彼岸のリリアナ・カヴァーニを想起させた。

1994429

 

サム・サフィ

1992年、日仏合作。オーレ・アッテカ、フィリップ・バートレット、ロジー・デ・パロマ。音楽/キザイア・ジョーンズ。

 

ヌーベル・バーグ。一時は敬遠していたが、見直す。また、ゴタールを見たくなった。吉田がいいと言っていたのは、なんという作品か。

はじめから終わりまで、言葉を書き留めていたくなるような、普通でありながら、含蓄のある台詞に満ちている。映像というより、言葉を感じさせるヌーベル・バーグがあるとは知らなかった。ガーターベルトの夜と合わせて、いいものを見た。

1994430

 

妻への恋文

ジャン・ポワレ監督。

 

ヒロインはキャロライン・セリエ。監督のポワレの愛人だった。ポワレはこの映画を作ったあと急死したらしい。シエリー・レルミットという主人公は名優。ストーリーに不明の点があるままだが、いつかまた見ることにしよう。

199451

 

妻への恋文

相棒に助けを借りて、恋文を教会のステンドグラスから投げ落とすところのあたりがわかる。白い船に乗って、君を迎えに来る、と言ったところから、夫はどこかに消えてしまったのである。最後に、ビデオの中の夫に呼びかけられてキスする二人は、再び、海岸で本当に出会い、迎えに来た夫と妻の抱擁シーンに繋がっていった。

 

結婚15年の夫婦に兆す倦怠。いや、15年も経たずに、愛の冷めるのを極度に恐れる男の、切ないまでに、あるいは滑稽なまでにセンシティブな揺らぎを、妻である女が理解するまでには、時間のかかることであった。夫の側からする、結婚の理想が追求された作品といっていいものか。ジャン・ポワレという監督の意図--。髪結いの亭主と相似形。

199452

 

エンジェル・アット・マイ・テーブル

ジェーン・カンピオン監督。ラウラ・ジョーンズ脚本。ジャネット・フレイム原作。ケリー・フォックス、アレクシア・キオーグ、カレン・ファーガソン。1990年。

 

ジャネット・フレイムというニュージーランドの作家の生きざま。フランク・サージソンという作家に助けられ、作家として旅立って行く。才能は誰しもが認める感受性豊かな女性であった。アラン・シリトーが出てくる。原爆が日本に落とされたとき小学生くらいだから、60才を超えたあたりの世代の作家であろうか。カンピオンと同年齢なのかもしれない。アスピリンを飲んで、自殺未遂したことがきっかけになり、精神分裂病と診断される。入院を勧めたのは、彼女が憧れた大学の教師だった。その後、精神病院へ8年間も入っていて、電気ショックを200回以上受けるという過去。あやうくロボトミー手術を受けるところを受賞によって切り抜ける。

 

社会的には弱者でありながらも、どこかに芯の強さを感じさせる女性。けっきょくは自分を為し遂げていく。ピアノレッスンのヒロインに、自分の内面にある強い意志が怖いと言わせた監督が、1990年のこの作品では、それを前面に押し出すというより、控え目に言っているようである。人の世の悲しさに負けずに、力むというわけでもなく、かといって、気を抜くというわけでもなく、誠実に生きる女性作家の、飾り気なく、ぎこちない姿に拍手と涙を誘われる。

精神分裂病と断定された過去。ことに入院を余儀なくされた8年間の間違いが、後年、親しくなった医者に指摘される。君は病気ではなかった。

書くことにしか、喜びを見出せなくなっていく一人の女性が、書くことを通じて世の中をぎくしゃくしながらも歩いていく。その一見危なげで、しかし、夢を確実に持っている強さに、訴えるものがあるのである。

199455

 

愛の風景

ビレ・アウグスト監督。イングマール・ベルイマン脚本。サミュエル・フレイソル、ビレニラ・アウグスト。ベルイマンが両親のことを綴った伝記を、「愛と精霊の家」のアウグストが監督した。ヒロインのアウグストは、監督の奥さんか--。

 

北欧キリスト教伝道に殉じたヘンリックとアンナの紆余曲折の愛。題名の愛は、いわゆる愛だけではなく、キリスト的な愛をも含んでいる。アンナの愛は、いわばマリア的な愛であり、ヘンリックのそれはキリスト教牧師としての愛と受け取れる。終局で、アンナの愛に協調するヘンリック。ベルイマンは、極めて自然に、両親の、特に父のキリスト者としての生き方を捕らえたようだ。いつもはある実存主義的な匂いがないのは、アウグストによるよりもベルイマン自らのアングルであるからであろう。ベルイマンも歳をとったのだ。あるいは、アウグストの老獪さにベルイマンが巻き込まれたのか。

 

冒頭、祖母への見舞いを懇請されても断るヘンリックの、父および祖母に対する険悪な関係が開示されるが、ついにその理由は明らかにされなかった。父母の不仲をヘンリックは、母との生活を選ぶことで決着をつけたのだろうか。父に付かず、祖母に付かなかった理由は、明確にはわからない。父が母離れを出来ず、その父に反発した息子ヘンリックが母に付くことで、また母から離れることができなかったのか。そういうマザーコンプレックスを、父ヘンリックも解決できなかったということをベルイマン/アウグストが言いたかったとは思えない。子供は母に付くものなのだ。そのあたり、批判がましくは描いていないのがいい。

1994511

 

オープニング・ナイト

ジョン・カサベェテス監督/144分。1978年、アメリカ。ジーナ・ローランズという女優。ベン・ギャザラ。ピーター・フォークも出ている。

 

アメリカ映画を変えた男--という触れ込みのように、熟成を感じさせる。大人が見れるというか、芸術性に富むアメリカ映画の初めての作品といっていい。 グリーナウエイやリンチやリドリー・スコットらとは明らかに異なる。ハートにこたえるアートフィルムの誕生。

 

ヒロインのマートルが求めてやまなかったもの。演技ということのリアリティーと、生きることのそれとの、裏腹の無い関係というようなことか。

1994619

 

こわれゆく女

カサベデス監督。A WOMAN UNDER TEE INFLUENCEを借り、見る。INFLUENCEとは、介入とか余計な世話とかいった意味であろうか。

1994620

 

タクシードライバー

マーチン・スコセッシ監督。ポール・シュレーダー脚本、ロバート・デ・ニーロ。ジュディー・フォスター。

 

タクシードライバーの出口なき憤怒は、12才の売春少女を救うことに目的化されていくが、やや甘いか。ニューヨークの風俗がリアルである。

199471

 

プロスペローの本

ピーター・グリーナウェイ監督をレンタル。

 

すべては夢と同じもので作られている--。絶望があるだけだ。祈ることしかない、罪の許しを乞うのだ--。

199474

 

日曜日が待ちどおしい

フランソワ・トリュフォー/1983年、フランス。遺作となった作品。ファニー・アルダン、ジャン・ルイ・トランティニャン。

 

アルダンの魅力をもう1度体験したかった。理知的であり、セクシーであることが、どこからきているかというと、やはり目であった。あんな目と目を合わせてしまったら、いちころになるに決まっている。微笑を漂わせた眼差し--。それにやられてしまうのだ。

199477

 

戦慄の絆

デービッド・クローネンバーグ監督/DEAD RINGERS/1989年を見る。

 

ジェレミー・アイアンズの一人二役。一卵性双生児である兄弟が一人の女優を巡る性的関係の中で、自我の独立、分離を意識し始めてから、自己破壊していく。クローネンバーグらしい前衛的テーマ。悲劇的結末。セックスシーンが刺激的。ベッドに血圧測定用らしきゴム紐で女優の両手だけを縛りつけ、下半身は自由にさせたまま、ファックする婦人科の医師。めいっぱい開かれた女の股は、分娩のポーズとファックのポーズが、同じであることを主張している。

 

その分娩台のシーンが随所に出てくるが、すべて医学的であるより、エロティックなイメージをそそのかされる。ヒロイン・ヘレナの女優は、美人ではないが、エロティックであるのは、先日、前を歩いていた見ず知らずの女のセクシーさが、ボディーラインや歩き方や目線にあることをあらためて発見したことと繋がっている。エブァ・コタマニドウというギリシアの女優が、狩人というテオ・アンゲロプロス監督作品でみせた想像上のファックシーンも、そうだった。盛りを過ぎた女のセクシーさということでもある。

1994710

 

ふたりのベロニカ

クシシュロフ・キェシロフスキー監督。

 

もうすぐロードショー公開される「トリコロール/青の愛」は、ジュリエット・ビノシュの主演である。それを見るために、これを見た。ふたりのベロニカ、トリコロール3部作の音楽は、1955年ポーランド生まれの、ズブグニエフ・プレイスネルである。トリコロールは、青、白/ジュリー・デルビー主演、赤/イレーヌ・ジャコブ主演の順で見るべしと雑誌にコメントされている。

 

ベロニカはワインを飲みながら見たせいで、さっぱり感動を覚えなかった。気合いが入らなかった。映画を見るときは、心しなければならない。まして相手はビデオである。

1994711

 

ハイヒール

アタメのペドロ・アルモドバル監督。

 

立木寛子さんが感激していた作品。イントロでJAZZが流れる。デーヴィスのスケッチ・オブ・スペインに似ているがだれの演奏か。坂本龍一が音楽を担当している。母と娘の愛憎入り交じった関係は、最後に、母親の犠牲で幕を閉じる。死期の迫った母親が、娘の殺人の罪を肩代わりする。ハイヒールは、幼い娘が母親が帰ってくることを待ち続けることのシンボリックな表現であると同時に、母親自身と外界との関係を示すシンボルである。

1994719

 

ハモンハモン

ビガス・ルナ脚本・監督。ペネロペ・クルス、アンナ・ガリエラ。1992年、スペイン。

 

カルメンの情熱的世界を思わせる男と女の恋狂いの世界。性的なるものの不思議さ。シルヴィアとラウラのスタンディングファック。ラウラ、ホセルイスとシルヴィアのおっぱいタッチなど、セックスシーンが、洗練さとは違った野卑なリアリティーがある。 ペドロ・アルモドバルと同世代か。

1994722

 

軽蔑

ジャン・リュック・ゴダール監督。1963年、フランス。ブリジッド・バルドー。ミシェル・ピコリ。

 

ユリシーズを題材に映画を作るという設定で進行する。フリッツ・ラングが監督し、主人公のポールが脚本を書き、プロヂューサーが内容に干渉するという関係の中で、ポールの妻カミーユがプロデューサーとキスし、心を許していくが、交通事故で死んでしまう。ポールとカミーユは、ユリシーズとペネロープの関係にパラレルである。ユリーズとペネロープの不仲の原因を、ポールの優しさと裏腹にある弱さを本人自身が気づかず、妻カミーユが気づいているというパラドックスとして捕らえている。テーマの軽蔑はこのあたりのことをいっているのであろうか。それにしても、冒頭、バルドー/カミーユが素裸で足の指から髪の毛から、一つ一つからだの部分を恋人に好きかを尋ねていくシーンは可愛らしく、素敵である。

199484

 

紅夢

1991年、香港・中国合作。ベネチア映画祭銀獅子賞。中国、香港、台湾--中国圏映画界の俊英が結集。張芸謀監督。鞏俐。何賽飛/ホー・ツアイフェイ。曹翠芬/ツアオ・ツイフェン。周埼/チョウ・チー。孔琳/コウリン。金淑媛/チン・スーユエン。丁惟敏/ティン・ウエイミン。

 

台湾映画界のニューウエーブ侯孝賢/ホウ・シャオシェンがエグゼクティブ・プロデューサー。中国の女優のセクシーさに感じる。

 

内容は、腹が立つほどの封建的な時代の男の横暴と女たちの悲劇。金持ちが4番目のめかけ--夫人を迎えるところから始まる。第4夫人の反抗的態度と第1夫人の息子への恋心を軸にして、第2夫人の、菩薩の顔をしたさそり的暗躍、召使いの悲惨な死、第3人の密通発覚と暗殺、そしてついに第4夫人の錯乱--。そこで終わらず、第5夫人の輿入れの場面で終わるというストーリーは不気味なほど陰惨である。それは、浄化という装置を拒否した中国的な、あまりに中国的なリアリズムといっていいだろうか。

 

まるで、史記列伝の世界である。精神的葛藤を描写せず、ほとんど丸裸のエゴを剥き出した、あざとく、浅ましく、えげつないまでに悲しく弱い人間が登場する。監督の意図だろうが、即物的な捕らえ方だ。キリスト教的精神の美しさが微塵もないことに、ある意味で、カルチャーショックを受ける。

1994831

 

菊豆(チュイトウ)

1990年、日中合作。張芸謀/チャンイーモウ。「紅いコーリャン」、「ハイジャック」に続く第3作。第5世代。カンヌ映画祭ルイス・ブニュエル賞。

 

ミケランジェロを引き合いにして、監督は、政治でないことを描く宣言をしている。ビデオのカバーで。原作の農家を染物屋に設定し直しているのは、赤、青、黄などの原色の鮮烈なイメージを打ち出したかったからだ、ともある。人間の心の色は、確かに、鮮烈なのである。灰色だけであるわけがない。そのあたり、リアリズムから表現主義へ移行するイタリアのネオ・リアリズムに似ている。

 

鞏俐(コン・リー)のなんとセクシーなこと。女性アスリートの持つ魅力にさらに磨きをかけた感じ。李保田(リー・パオティエン)。セックスシーンもある。それも、変態爺に折檻されるシーンはSM的である。山口百恵を思わせる、どこか男を小馬鹿にしたような、挑発するようなサディスティックな表情がたまらない。映画でもサディズム丸出しで、ひひ爺を嬲るシーンがある。紅夢で召使いを殺してしまう役柄も同様である。怒りを顕にするのは、ヨーロッパの女性もそうであるが、ときに幻滅させるものがあるが、ときにマゾヒスティックな欲情を駆り立てるものである。ぼくの好きな女性のイメージには、これがあり、このほかに、茶目っ気たっぷりの笑顔がなければならない。

199491

 

世にも怪奇な物語

ルイ・マル、ロジェ・ディム、フェデリコ・フェリーニによるオムニバス。身が入らず、感動しない。 

199495

 

ミケランジェロ・アントニオーニ監督。マルチェロ・マストロヤンニ/ジャンヌ・モロー/モニカ・ビッティ。

 

倦怠期にさしかかった中年夫婦がそれぞれに浮気心を禁じ得ず、危ういところで一線を保っている。しかし、確かに過去にはあった強い愛はいまやないことを知っている。若き日に妻に宛てた恋文を、妻が夫に読んで聞かせる最後のシーンは印象的。あなたをもう愛していない。あなたもあたしを愛していない。愛していないって言って。言うもんか。二人は抱き合ったまま、もつれる--。

 

今朝目覚めたら、君は眠っていた。眠りから覚めながら、君の優しい寝息を感じた。君の顔にかかる髪を透かして、君の閉じた目が見えた。いとおしさで、息苦しい程だった。僕は叫びたかった。疲れ切った君を、揺さぶり起こしたかった。薄日の中で君の腕や喉が、生き物のように見えた。君のその肌に、唇を寄せたかった。だが眠りを妨げない様に、僕は君を腕の中に、抱きはしなかった。僕だけの君をそっとしておきたかったからだ。永遠に君の像を。君の持つ清らかさが、僕をも清めてくれた。君は僕を包んでくれた、僕の全生涯を、僕の未来を。君に出会う前の、何年間までも包んでくれた。それは目覚めの奇跡だ。その時僕は、君は僕のものだと感じた。今も寄り添って寝る夜も、君の血の温かさや考えや意志が僕に溶け込む。その時、君に深い愛を感じ、僕は感動の余り、目に涙さえ浮かべるのだ。僕は永久に変わらぬと思った。毎朝、同じ目覚めの奇跡を感じると思った。君は僕のものだけではなく、僕の一部だ。これを崩すことは何ものにもできない。ただ日々の習慣が冷酷にも、これを崩すかと不安だ。その時君が目覚め、微笑んで僕に接吻した。僕たち二人の間には、何の不安もないことを確信した。僕らの絆は時や習慣より強い事を--。

1994911

 

愛と宿命の泉

クロード・ベリ監督。エマニュエル・ベアール、イブ・モンタン、ジェラール・ドパリュデュー、ダニエル・オートウイユ。原作マルセル・パニョル。

 

クロード・ベリは、今秋公開の「ジェルミナル」の監督であることを知る。「ジェルミナル」はハリウッドに対抗してフランスが総力を結集して作ったエミール・ゾラ原作の文芸大作。

 

ビレ・アウグストの暗さが無く、古典大作としてのスケールの大きさに圧倒される。自己完結的で、謎を残すようなところもなく、歯切れ良い展開。それだけに、物足りなさが残るといえば、贅沢であろうか。典型的人物が典型的な行動を起こし、因果が巡るという予定調和の世界。不条理や実存や破綻--がない。

1994914

 

郵便配達は2度ベルを鳴らす

ボブ・ラフェルソン監督/1981年/ジャック・ニコルソン、ジェシカ・ラング。鮮烈なファックシーンが3度ある。ジェームス・ケイン原作/1934年。テイ・ガーネット、ルキノ・ヴィスコンティの作品もある。

 

満たされぬ人妻に燃え上がる性的欲望をえがいた古典だ。暴力と性のテーマも斬新で、気負いがない。『俺たちに明日はない』のボニー&クライドを想起させられた。こちらは、クライドが不能という設定だが、性的なるものというテーマでは変わらない。ジェシカ・ラングがセクシーぷんぷん。ミュージック・ボックスの知性はどこへいったのか、と言いたくなるくらいにセクシー。もっとも、ミュージック・ボックスのほうが最近作であるが--。

19941027

 

ひまわり

ビットリオ・デ・シーカ監督。ソフィア・ローレン、マルチェロ・マストロヤンニ、リュドミラ・スベーリエワ。

 

再会後のシーンがけっこう多いことに気づく。ひまわりの満面にさくロシアの野原の下には、イタリア、ロシアの兵隊からロシアの庶民の屍を埋まっている。夫アントニオを探して、その野原にたどり着いた妻は、ロシア娘と平和な家庭生活をおくる夫を見て、汽車に飛び乗る。このシーンで作品は終わらない。今度は、アントニオがかつての妻を訪ねるが、一夜を共にすることになりそうな瞬間、赤ん坊の声で踏み止どまるというシーンで終わるのだ。

19941028

 

さらば、わが愛

陳凱歌監督

19941114

 

つめたく冷えた月

リュック・ベッソン監督。

 

死体相姦--ネクロフィリアがテーマ。回想の中で、その一刻一刻を追い上げていくリアリティーがある。犯罪者が見たものを、映画ならではの手法で階間見せてくれる。大江健三郎が、文学ノート/性的なるもので展開していることを想起させる。

19941210

 

  •  

ワーグナーとコジマ

ペーター・パツアック監督/1985/フランス・ドイツ合作。

 

鹿島とも子にそっくりの女優ターチャ・セイト?が、コジマの役。ワグナーは、オットー・ザンダー。ニーチェがコジマに恋慕し、アリアドネとしてひそかに崇めた。以下は、そのニーチェが作曲した譜面をコジマに捧げようとして断られるシーンでの独白。

 

--アリアドネーは、勇気と知恵と愛の力でテーセウスを迷宮から救った。テーセウスはそのお礼として、アリアドネーをナクソス島へ。だが、テーセウスは小さな島の暮らしに物足らず、アリアドネーを裏切り、捨て去った。一人ぼっちの彼女に、虎のように荒々しい神、ディオニュソスは言った。アリアドネーよ、お前は謎に満ちている。お前自身が迷宮だ。だが、私は神だ。お前に迷わされることはない。神は彼女の耳にささやいた。私がお前の迷宮だ--。

 

ニーチェの出てくる映画は、リリアナ・カブァーニの善悪の彼岸とで2本目。ニーチェは、コジマ-ワーグナーとの三角関係の破綻の後、サロメ-ルーとの三角形を作り出したということになる。こちらは、永遠の三角だが--。

1995521

 

愛と精霊の家

ビレ・アウグスト監督。「ペレ、愛と宿命の泉」の監督。

 

母クララを追想する娘の目を通して、父の生涯を時代とともに描いている。ジェレミー・アイアンズ、メリル・ストリープ、グレン・クロースほか。保革逆転劇とクーデターに揺れる架空の国だが、ギリシアを思わせたり、アルゼンチンを思わせたりする設定である。

1995522

 

CINEMA DIARY(20002002

 

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許されざる者

1959年、アメリカ

ジョン・ヒューストン監督、アラン・ルメイ原作、ベン・マドウ脚本、フランソワ・ブラナー撮影、ディミトリー・ティオムキン音楽。

バート・ランカスター、オードリー・ヘプバーン、オーディー・マーフィ、ジョン・サクソン、リリアン・ギッシュ

 

昨夜、「許されざる者」をテレビで見た。クリント・イーストウッドのあれではない。オードリー・ヘップバーンとバート・ランカスターのあれである。といっても、ピンとこないだろうな。この2つの映画は、制作年に60年代と90年代の違いがあるし、内容も全然、異なる。

 

西部劇である。もう見ることはないと思い込んでいた西部劇を、懐かしさに駆られて見た。懐かしさというのは、ぼくが、劇場映画を単独で見た初めての映画が「許されざる者」だった、という意味であり、中学2年のときだったから、すでに40年ほどの時間が流れる遠い昔のことを意味する。

 

オードリー・ヘップバーンの可愛らしさに触れ、バート・ランカスターやオーディー・マーフィーの「拳銃使い」の技に熱中した思春期。以来、学期末試験の終わりの日に、映画館に通う習慣がつき、しばらくすると、試験日に関係なく、週日にも渋谷、新宿のロードショーにせっせせっせと足を運んだ。映画鑑賞クラブなるものを立ち上げ、ブロマイド集めにも精を出した。高校生になり、ATGがスタートすると、西部劇から足を洗い、もっぱらヨーロッパのアートフィルムに走った。この話は、長くなるから打ち切るけれど、映画の魅力にとりつかれたきっかけが「許されざる者」だった、というわけさ。

 

今度、40年ぶりに「再会」して、映画を好きになった理由がわかる気がしたのは、この作品に込められた「精神性」を感じてのことだ。当時は、「インディアン」だったはずが、今回、「先住民」と訳された字幕が、付け焼刃の差別語刈りとは感じられなかったのもその理由の一つだが、ジョン・ヒューストンという監督の「まっすぐな正義」みたいなものが、全編を通じて流れていると思えたからでもある。

 

ハッピーエンド&ウェルメイド・ストーリーの映画にも、気高い精神性や心あたたまる人間の魅力といったものがある。それは、スペインの巨匠ルイス・ブニュエルが、「アメリカ人のことを思う度に涙が出てくる」と回想する「善なるもの」と同じものなのかもしれない。

2000.11.28記)

 

  •  

クレイマー、クレイマー

1979年、アメリカ

ロバート・ベントン監督。

 

ダスティン・ホフマン、メリル・ストリープ 期せずして、10年ごとの映画になった。「許されざる者」「真夜中のカウボーイ」「クレイマー、クレイマー」は、50年代、60年代、70年代の、それぞれ末期に作られた映画、それもアメリカ映画である。

 

「クレイマー、クレイマー」は、「思秋期の妻」が自立し、夫と子どもから離れて自活し、難なくそれに成功したうえ、子どもの養育権を奪還する裁判でも勝利するが、夫の変貌(=自立的生活)を見て、改めて夫と子どものいる生活へ引き返す(ことを暗示して終わる)までを描いたハッピーエンディング=ウェルメイド・ストーリーである。

 

ダスティン・ホフマン演じる夫の、自己変革のプロセスが目新しいといえば目新しいが、特別に立派な行動だとも思えない男性から見れば、なんていうこともないストーリーである。70年代末の男の自立なんて、せいぜいこの程度のものであった、と後世、苦笑を誘うに違いのないのんきな自立なのだ。

 

ワーカホリック(仕事馬鹿)にはチクリとくるのかもしれないが、仕事ができる人間が、こうも容易(たやす)くクビになるようでは、アメリカ社会は相当甘っちょろい世界だということになる。逆に言えば、ダスティン・ホフマン演じる有能な会社員は、ちっとも有能ではなかったのに、有能であるように設定した無理が、この映画にある。だから、有能社員とボスとの軋轢が、絵に描いたようであり、漫画的であり、リアルさがない。

 

できの悪い社員が女房に逃げられ、子どもを養育しながら、自己改革し、しかし会社を解雇され、食うために、子どもに犠牲を払いつつ、新たな仕事に就き、その上、逃げた女房から、養育権裁判を挑まれ、敗れ、それでもめげない――。そんな、映画にしてほしかった。

2001.3.25記)

 

真夜中のカウボーイ

1969年、アメリカ

ジョン・シュレシンジャー監督。

ダスティン・ホフマン、ジョン・ボイト、ブレンダ・バッカロ 

 

テレビで放映され、30数年ぶりに見た。その頃、都会の真中で暮らしていた。60年代末に、アメリカ・ニューヨークと東京の違いは措いておいて、リアルに共鳴するものがあった。それは、「どん底」とか「底辺」とか「フーテン」とかといった、現象的意味を有する以前の、「青春」とか「若気」とか「友情」とかの水準で成立する出会いのことだ。

 

ぼくたちは、ネズミ(=ラッツィオ)だったし、各地の「カウボーイ」たちが続々と新宿・渋谷へ上京してきた時代であった。

 

フロリダへのバスの中、ラッツィオがこときれる直前に失禁してしまうシーンがある。そこで、カウボーイが語る言葉のやさしさを、ぼくたちは、「無力」と片づけることはできない。

2001.3.25記)

 

  •  

ダンサー・イン・ザ・ダーク

2001年、デンマーク

ラース・フォン・トリアー監督・脚本。

ビョーク、

カトリーヌ・ドヌーブ、

デビッド・モース、

ピーター・ストーメア 

 

主人公セルマ(ビョーク)が、ジェフに問われて、答える言葉が、この映画のカギだ。ジェフは、こう問うた。「子どもに(失明が)遺伝するのがわかっていて、なぜ、産んだ?」

セルマは、「にっこりして」(毅然という意味合い)答える。「赤ん坊を抱きたかったの、この胸に」、と。

 

やりたいことをやる。生まれたからには、やりたいことをやる。その肯定(ウィ)の思想が、ここにある。絞首刑のシーンは、この思想、このウィへの無理解だ。この無理解への、痛烈な批判が、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」のメッセージなのであろう。

2002.1.20記)

 

 

 

2020年8月 1日 (土)

中原中也・夜の詩コレクション118/秋の夜に、湯に浸り

秋の夜に、湯に浸り

 

秋の夜に、独りで湯に這入(はい)ることは、

 淋しいじゃないか。

 

秋の夜に、人と湯に這入ることも亦、

 淋しいじゃないか。

 

話の駒が合ったりすれば、

その時は楽しくもあろう

 

然(しか)しそれというも、何か大事なことを

 わきへ置いといてのことのようには思われないか?

 

――秋の夜に湯に這入るには……

独りですべきか、人とすべきか?

 

所詮(しょせん)は何も、

 決ることではあるまいぞ。

 

さればいっそ、潜(もぐ)って死にやれ!

それとも汝、熱中事を持て!

 

※   

  ※

 

四行詩

 

おまえはもう静かな部屋に帰るがよい。

 煥発(かんぱつ)する都会の夜々の燈火(ともしび)を後(あと)に、

おまえはもう、郊外の道を辿(たど)るがよい。

そして心の呟(つぶや)きを、ゆっくりと聴くがよい。

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

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