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2020年8月31日 (月)

ラスコリニコフは、冷酷無情、ニヒルというより、情熱の人であったのだ、と思い直すこともできた

罪と罰
1970年
ソ連

原作 フョードル・M・ドストエフスキー
脚本 ニコライ・フィグロフスキー
脚本・監督 レフ・クリジャーノフ
撮影 ヴャチェスラフ・シュムスキー
美術 ピョートル・パシケーヴィチ
音楽 ミハイル・ジフ

キャスト
ラスコーリニコフ ゲオルギー・タラトルキン
ボルフィーリー インノケンティ・スモクトゥノフスキー
ソーニャ タチアナ・べードワ
ドゥーニャ ヴィクトリア・フョードロワ
スヴィドリガイロフ エフィーム・コペリャン
マルメラードフ エフゲニー・レベチェフ
ルージン ウラジミール・パソフ

日本語字幕 冨田耕平


ソ連映画「罪と罰」は1970年製作、レフ・クリジャーノフ監督のモノクロ作品。ドイツ、フランスなどでの映画化があるが、原作者ドストエフスキーの生国ロシアでは初の製作となった3時間半の大作だ。5日のBS11「ミッドナイト・シアター」で放映があったのをビデオ録画し、3回にわけて鑑賞した。

「マルメラードフの物語」を書くうちに拡大し、ついに「罪と罰」となって完成した原作を、若き日、2度ほど読んだ。最近、殺人の場面だけを拾い読みし、延々10ページにわたる描写の緊迫感にあらためて衝撃を受けた。(10ページとは、モスグリーンのハードカバーがいまや古めかしい河出書房版の、2段組の世界文学全集に換算した量である。)

金貸しの老婆を殺害した後、偶然、居合わせることになってしまった娘リザベータを巻き添えにして殺してしまうシーンの描写を読みながら、ドストエフスキーがこれを書いている時の姿を想像し、鳥肌が立った。書かれなければならなかった作品の誕生に、作家の筆は滑(なめ)らかに進んだのだろうか。

映画「罪と罰」は、冷戦体制下のソ連の作品である。レフ・クリジャーノフ監督は、大長編の原作の登場人物を絞りに絞り、猥雑感やリアリティをそぎおとした分、ラスコリニコフ、ソーニャ、ドーニャ、ルージン、ポルフィーリー、ラズーミヒン、スヴィドリガイロフらの行動・心理・論理を鮮明に浮き上がらせた。

ちょっと「おどけた」「とっぽい感じ」のラスコリニコフ(ゲオルギー・タラトルキン)は、老婆を殺した後、高ぶる神経をコントロールできず、しばしば気絶したり、怒ったり、冷静であるというより、激情的な線が色濃く出ているのが、現代人には親近感がある。そうだ、ラスコリニコフは、冷酷無情、ニヒルというより、情熱の人であったのだ、と思い直すこともできたのである。

ソーニャとの長い会話を引いておこう。殺人をソーニャに告白する場面で、ラスコリニコフは自らをナポレオンにたとえて、殺人の論理を構築したことを打ち明ける。その論理が、ソーニャの愛の前に崩れ落ちるクライマックス――。


君を苦しめに来た

苦しんでいるのね

くだらん お聞き 昨日リザベータを殺した者を教えると言った

昨日の話本当なの? なぜごぞんじ?

知ってる

そんな怖い顔をして

僕の顔をごらん

あなたは… あなたは何という事をしたの 今あなたより不幸な人はいないわ

独りにしないで

決してしません どこへでもついて行く 地の果てでも 流刑地でも行くわ どうして なぜあんな事を?

盗みだ いや違う

空腹で母さんを助けたくて?

違う そうじゃない 母は助けたかった それはうそだ 苦しめるな 空腹で殺したならこんなことに苦しまない 僕がざんげして何になる 僕を哀れんで何になる 君が苦しむだけだ

あなたも…

僕はずるい男だ そう考えれば説明がつくよ ずるいから来た 来ない者もいるが 僕は弱虫で卑劣だから いや そんな事はいい 我々は別の人間

いいえ 来てくださってよかったわ

僕は… ナポレオンになりたかった だから殺した 分るか?

もっと話して きっと分るわ

分る? では話そう 僕は考えた ナポレオンが僕の立場にいたら…と 彼の運を開いたモンブラン越えや あの輝かしい不滅の偉業の代わりに 薄汚いばあさんを殺して その金を奪うことのほかに 出世の糸口がないとしたら… 殺したろうか 罪深いとためらったろうか 長い間その答えを求めたが 理解した時 自分を恥じた 彼ならためらうことなく 老婆を殺したろう だから僕は… 考えるのをやめて 老婆を殺した 先人に倣って

いいえ それは間違いよ よくもそんな

僕はあの時知りたかった 自分がシラミ同様の存在か 勇気のある人間なのか 権利を持っているのか…

権利? 殺す権利があるの?

ソーニャ 悪魔が僕を運んだんだ あの日訪れたのは 試そうとしただけだ

そして殺したんでしょ

だが なぜあんな風に 殺したか 僕が殺したのは 老婆ではなく 僕自身だ 僕にかまわないでくれ

苦しいのね

どうすればいい

立って あなたが汚した 大地にキスしなさい 世界中に頭を下げ 「私が殺した」と言えば 神の救いがきっと…

自首しろと?

苦しんで 罪をあがなうの

自首は嫌だ

苦しむのよ

怖くなって盗品を石の下に隠した 笑われるよ

なんて哀れなの 苦しみを抱いて一生暮らすの?

慣れるさ 僕は自分を傷つけた でもシラミじゃなく人間なんだ 昨日は駄目かと思ったが… 確実な証拠はない 監獄に入れられても きっとすぐ出てくる 確実な証拠はない 面会に来て

行くわ

(2002.11.9)

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