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2020年8月20日 (木)

西側の女性マギーとスーザンは、それぞれ東側の男性と恋に落ち、結婚するが、エルジは行き過ぎる人々の「幸福」を支援しながら、自分自身の空しさにとらわれたままだ。

カフェ・ブダペスト
1995年
ハンガリー/ドイツ

「カフェ・ブダペスト」は、1995年作のハンガリー映画である(ドイツ合作)。フェケティ・イボヤという女性監督は、長い間、ドキュメンタリーを撮ってきた。この映画にも、ドキュメンタリーの要素がみなぎるが、「劇映画」デビュー作である。

ベルリンの壁が崩壊した1989年。ソ連東端のウラジオストクの港から、海を眺めている二人の青年ユーラとワジム。ユーラが言う。「もう少し東に進めば西側だ」。しかし、広大な海を前にして、二人は、「この道」を断念し、西への道をとる。1年後の1990年。こうしてユーラとワジムは、東欧と西欧の接点であるハンガリーの首都、ブダペストにたどり着くことになる。

ソ連型の共産主義体制から西欧型の民主主義国家に変わりつつあったハンガリーの都には、自由を謳歌する空気が広がっていた。多数のロシア人が流れ込むいっぽう、西側からも革命(後)を目撃しようとして、多くの外国人がやって来ていた。

「当時の気分を語るのは難しい。あり得ないことが突然起きたのだ」
「ハンガリーが西側に扉を開いたのを機にすべてが急に進行した。東欧が幸福に酔った日々、忘れえぬ時代」
――と、こうしてこの映画は、冒頭のナレーションがいう「気分」――が、語られていく。冷戦構造の崩壊を大上段でとらえるわけではない。

西側で「自分の力を試してみるんだ」という夢を抱いてブダペストの駅に降り立ったセルゲイ。激動するヨーロッパを見ようとブダペストを訪れているイギリス人女性マギー。マギーの友人のアメリカ人女性スーザン。この3人に、ユーラとワジムを加えた5人は、町にあふれる外国人たちに部屋を安く提供する下宿屋の中年女性エルジを介して、束の間の交感を交わすのである。これに、フリー・マーケットで物品や情報の仲介をして稼ぐ、ソ連からの出稼ぎ男らの物語もからまる。

「幸福に酔った日々」はしかし、経済的混乱、マフィアの台頭、民族紛争の芽生えなど、背後に進行する負の側面に侵蝕されはじめる。セルゲイは、チンピラ・マフィアの銃弾に倒れ、ワジムは、ユーラ&マギーの結婚を機に自身の目的を見失ってブダペストに取り残される。情報屋はマフィアから逃れるために、妻子の待つロシアに帰ってしまう。西側の女性マギーとスーザンは、それぞれ東側の男性と恋に落ち、結婚するが、エルジは行き過ぎる人々の幸福を支援しながら、自分自身の空しさにとらわれたままだ。

ドラマ性が前面に出る劇映画というより、歴史の流れを日常的人間関係のディテールに目を向けて、叙事詩的に描いた作品である。
(2002.7.6)

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