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2020年8月15日 (土)

青年は、ゾルバにより、女を知り、世界の入口に立った。生きているうちに、エーゲを渡るものは幸いなるかな。

その男ゾルバ
1964
ギリシア

マイケル・カコヤニス監督・脚本、ニコス・カザンザキス原作、ミキス・テオドラキス音楽。
アンソニー・クイン、アラン・ベイツ、イレーネ・パパス、リラ・ケドロワ

「生きているうちにエーゲを渡るものは幸いなるかな」――と、原作にあるカザンザキスのことばを読んだのは、ぼくがギリシア旅行(1974年)から帰ってからのことだった。クレタ島の小さな丘にある公園の片隅に2本の丸太を組んだ十字架があり、それがカザンザキスの墓だった。軍事政権下、カザンザキスは国内では認められていなかった。

映画「その男ゾルバ」は、カコヤニス渾身の名品と言ってよいだろう。物語は、父の遺産である山をクレタ島に所有する文学青年バジルが、亜炭の産出するその山の採掘のためにクレタを訪れ、ゾルバと出会い、坑夫として雇う中で、ゾルバの奔放で経験豊かな人柄から人間・人生の片鱗を知っていく。採掘の仕事は、最後には失敗に終わるが、因習渦巻く村の人間関係にあっても、熱情とか誠実とか正義といったアポロン的なるものを失わずに楽しく生きるゾルバに「生きる」ことの意味を学びとる、という筋書きである。

というより、「つるはしが似合う」「字を書けない」「酒と女がこの上なく好き」「人生は楽しむもの、どうせ死んでしまう」「生きることとは踊り、歌うことだ」と考えているような男に、「机に座っているのがよくに合う」「女を知らない」「本が好きな」「誠実な」「資産家の青年」が人生を教えられ、最後には、二人、肩を組んで踊る、という物語と言ったほうがわかりやすい。、

最大のできごとは、村の一人の未亡人をめぐる、欲望と禁欲あい半ばする争いであり、この争いの原因に主人公バジルが絡んでいる。村のボス格にある男マブランドニの息子パブロが、未亡人への禁じられた片恋に陥るが、バジルはゾルバに「励まされ」、未亡人には「誘われて」ついに関係してしまうのである。その事実を知ったパブロは、海に身を投げ死んでしまう。息子への復讐の意味を持つ殺戮劇がはじまる。ゾルバの制止を振り切ったマブランドニの手によって、衆人環視の中、未亡人はクレタン・ナイフで殺される。

ギリシア悲劇の手法を思わせる未亡人役のイレーネ・パパスの身のこなし、源氏物語と共通する「待つ女」のあわれさ、陶片追放(オストラキズム)と呼ばれる古代ローマの風習が名残る因習など、ミキス・テオドラキスの音楽とともに見逃せない、聴き逃せないシーンが連続する。ぼくは、テオドラキスのこの音楽を聴くために、この映画を見ると言っていいくらいに、サンドゥリやブズーキの軽快で悲しい音色が好きだ。

ゾルバと、年老いたもう一人の未亡人オルタンスの「結婚」というストーリーも、本筋の殺人悲劇に振幅を与え、ゾルバとバジルの友情には深度を加えている。モノクロの画面が、人間およびクレタの風光の陰翳(いんえい)を深めてもいる。ゾルバが、しばしばバジルに言い聞かせる「女性観」は、書き抜いて床の間に飾っておくくらいの価値がありますよ、青年諸君!
(2000.10.20鑑賞&記)

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